【Ersparung】 節約
Ersparung(エアシュパールング)(女):節約 …… 以前からボンビーな人々にとって重要なテーマだったが、震災以来さらにこれが重みを増してきた。「なくても困らないものがある」というのは、「豊かさ」の一面だが、すなわち一面にしか過ぎない。
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原発事故前後の東京電力の大不始末とその傲岸は、日本国内はもとより世界中から軽蔑されたが、これによる一連の節電騒動(?)は、節約ということに対する真摯な問題提起となったのではないだろうか。
わたしは昭和30年代に生まれ、高度成長期のただ中で育ってきた。そのせいか、節約というと「貧困のせいで」という単細胞的な発想が心根にあると(我ながら)感じる。しかし、環境意識を高めて考えるなら、節約という行為は貧困とは無関係である。むしろ、「足るを知る」ことから出た節約は人間の進化した姿ではないかと思う。節約と言うよりは無駄をなくすということか。
さて、震災後各方面各家庭で節電への取り組みがなされているが、その中でトイレの温便座をOFFにするという事柄があった。なるほど、トイレの便座に座っている時間は1日のうちわずかだろう。大家族でも便座占有時間はさほどではないのではないだろうか。そしてしかも、大抵の家庭では便座の蓋が上げられているとなると、暖房効率も悪い。あの蓋についてはわたしはもう随分前から「蓋を閉じる派」である。そもそも使っていないときに閉じなければいつ閉じるというのだ。折角蓋が付いているのに勿体ないではないか。蓋を閉じれば暖房効率も上がる。これも一種の節電であるが、OFFにすればもっと節電になる。
しかし、お年寄りのいる家庭など、便座が冷たいせいで心臓麻痺でも起こされたら嫌だと思うだろう。誰だって便座の上で死にたくはない。昔は畳の上で死ねるかどうかが人間の幸福の尺度のひとつだったと聞くし…… そういう場合、温便座をOFFにしろとは言いにくいが、冷たい便座への対応策はある。
ひとつは太腿の下に手を差し入れるというわかりやすいやり方だ。これは緊急時に良い。
もうひとつは、まず服を着たまま(下ろさない、またはたくし上げない状態で)便座の上に座って30秒~1分待って、便座が体温で暖まってからおもむろに開始するという方法である。トイレを安息の場と考えている人も多いと聞く。ならば、事後ではなく事前にもすこしゆっくりしてみてはどうかと思うのである。
この方法をあみ出したのはドイツで暮らしていた頃だった。ドイツのトイレは日本の家庭のトイレのように便座カバーがかかったりしていない。そもそもそれは「不潔だ」と彼らは感じるのだ。「毎日取り替える」では足りない。それは「1回単位」でなければならぬ。確かにそうだ。だから、便座はあのプラスチックの素材そのままで使用する。事前に専用のグッズで拭き掃除をしたり、紙の便座を使うと言うこともあるが、それはあくまで清潔のためにであって、冷たい便座を回避するという発想はない。今はどうだか知らないが、当時はトイレというのは「そういうもの」だった。「その程度で当たり前」のものだった。
しかし、ドイツは寒い国である。ギャグも結構寒いが冬はもっと寒い。夜間に外気が氷点下10℃になったりすることもある。寒い日に車を運転していて、うっかりフロントウインドウをウォッシャーで拭いてしまったら、フロントガラスが一気に氷で覆われて肝を冷やしたこともあった。そんな国で冷たい便座は辛い。もちろんトイレにもセントラルヒーティング(ハイツングという)が完備されているのではあるが、便座が暖まるほどトイレ内部を温めたりはしない。そこでこの自分の体温で温めるという方法を実行し始めたのである。これは安い。体温を保つのには結構かかっているだろうとは思うが、しかしこの経費は「タダ」と考えて差し支えないと思う。
この方法についてとある若い友人に伝授したところ、彼は早速やってみたそうだ。そして報告してくれた;「あれ、やってみたんですけど、はい、良いと思います。ただ…… あ~、あの~、身体がですね、便座に座ったら『もう良いんだ』と反射的に思うらしくて、危ないところでした。少し慣れる必要がありますね……」
そうかも知れない。そもそもトイレに行くときはすでに危なくなっているのであるからして、身体は開放されることを欲しているのであるからして、座る前にしっかりとSchliessmuskel(括約筋)を締めておかなければならない。できれば、座る案件の場合は余裕を見て行くべきである。これを彼に言うのを忘れていた。
彼は幸い持ちこたえ、悲劇は起こらなかったそうだ。たしかに、分別のある大人なら、悲劇が起こることはおそらくないだろう。
それにもし何か起こったとしても、それは「喜劇」だ。
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