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2006年7月28日 (金)

【Instandsetzung】

Instandsetzung (インシュタントゼッツング) ():修理、修復・・・・・instand () は「良好な状態に(へ)」、setzungsetzen は「置く」。Reparatur(女)と言うのもある。これは英語のリペアとつながっているのかな?

6月末日以来入院していた我が愛車が、ついに退院してきた。やれやれである。

これでまた、行動の自由が与えられる。

車は正規のディーラーに持っていったのだが代車が出なかった。出払っていたと言うこともあるようだが、そこで買ったわけではないからなのか?修理を請け負った板金屋さんからの代車はあったけれど、保険に入っていない。他車保険とか言う、「他人の車を運転していて事故った時のための保険」に入っていないと、またまた危ない橋を渡ることになる。そこでやむなく、必用なときだけレンタカーを借りることにした。代車保険というのもあったのだが、軽自動車時代、あまり遠方に行かないと考えて契約せずにいて、切り替えの時もそのままにしていたのだった。_||

週末は、われわれ夫婦の利害が一致するので、毎週末はレンタカー三昧になった。問題は水曜日、合唱団の練習のある日だった。結局、ここら辺までは借りられないと言うことになった。行こうと思えば、大枚はたいてタクシーで行くとか、方法はいくらでもあったが・・・・・アッシー役を申し出てくれた有り難い人も居たのだが、その人と時間が合わなければどうにもならないし、そうでなくても週の中ほどのこの日は大抵仕事が入っているので、その日の「ここまではしておかないといけない」という目安がクリアできるまでは、趣味に動くことができない。いきおい、毎週水曜日は夕方まで、練習参加のリミットまで時間との闘いをすることになる。で、結局事故って以来、水曜日の練習には参加できなかった。4回落ちた。不良団員である。

来週は合唱団が休みだと言うことで、再来週は5回落ちた後の久々の参加になる(予定)。声出るかな?

車がない生活というのも、慣れれば何とかなるものだ。この1ヶ月、よく歩いた。腹はまだそのままだけど・・・わたしは関西人であり、よく言われるように関西人特有の「いらち」を成分に含んでいる。何から何まで「いらち」と言うわけではない。どこが「いらち」かというと、「歩き」がそれに当たる。子供の頃から、歩くのが速いと言われていた。

いつだったか、何かの雑誌が地下街での歩行者のスピード比較をしたら、大阪駅地下街がダントツで早かったらしい。そうだろうと思う。わたしも、歩いて通学していた中学生の頃は、冬でも汗をかいていた。いわんや夏においてをや。

目的があって、ある場所に向かって歩いているとき、ゆっくり歩くと言うことがなかなかできない。「喋るついでに歩く」という優雅な行為が苦手である。何人かのグループで歩いていて、気が付くと自分だけがひとり旅をしていたと言うことが良くある。大勢で歩いていると、喋るにしても切れ切れになる。その切れ目にスパートをかけてしまうらしい。二名で歩く場合はそうでもない。あるいは相手がわたしに合わせてくれているのかも知れない(笑)。

そういう「いらち」が夏に車がないと、結果は火を見るより明らかである。

この7月はたくさん汗をかいた。その汗のかき始めは、事故の冷や汗だったのだが・・・・・

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修理の済んだ我が愛車。

これからは、死ぬまで無事故と行きたいものだ →→→ 次の事故では「死ぬ」とか?(爆)

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2006年7月25日 (火)

【Espresso】

Espresso (エスプレッソ) ():エスプレッソ。イタリア風の濃いコーヒー ・・・・・ これが中性名詞になると、エスプレッソを飲ませるコーヒー店という意味になるそうだ(by小学館)。そう言えば、Giftっていう単語も、女性になるか中性になるかで、意味がどかんと違ってくる・・・・・

エスプレッソコーヒーは日本でもよく知られている。ファミレスのドリンクバーでも、大抵エスプレッソとカプチーノは標準装備されているようだ。わたしも、エスプレッソが好きである。

ところで、皆さんはエスプレッソを飲むとき、どうやって飲んでいらっしゃるのだろうか?わたしはクリーム砂糖入りで飲む。で、それをよく「間違っている」と言われるのである。砂糖だけ入れるのが正しい、と言う人がいる。が、そんなもん、そもそも間違いとか正解とか、あるんかいな?好きなように飲んだらええやんか・・・・・多分、そう言う人は大のイタリアびいきで、誰かが「間違ったエスプレッソの飲み方」をしていると、大好きなイタリアが、ひいては自分が馬鹿にされたように感じるのかも知れない。その気持ちはよくわかる。わたしだって、ドイツビールの美味しいのを、暖めて飲んでいる御仁が居たら、大好きなドイツのために闘うだろうと思う。

それはともかく。

ある時、ドイツの郵便局が一斉にストライキに入ったことがあった。困る。特に急いで日本に送らなければならないものがあったので、「お前ら、いまやるか~?」と、わたしは極めてsauer(ザウアー:不機嫌。もともとの意味は「酸っぱい」とか「渋い」、いわゆるサワー)であった。

ところが、窮余の一策がひらめいたのである。

「国境超えてフランスに行って送ろう!」

幸い、わたしの住んでいたのはライン河沿いで、少しドライブすればフランスだ。そこで、その日はオフだったこともあって、わたしは少し南に脚を伸ばし、Kehlからライン河をわたってストラスブールに行くことにした。ストラスブールは、Straßburgと書く。ドイツ語読みはシュトラースブルク。歴史上、ドイツになったりフランスになったりした地域、すなわちアルザスの中心都市だ。

この考えが浮かんだのも、そのしばらく前に友人のグループと一緒に、「バーデンからラインを越えてアルザスへ」というツアーを行ったからだった。フラムクーヘンを食べに。

フラムクーヘン(Flammkuchen)とは、炎のケーキという直訳になる。出来損ないのピザに火をつけて食べるようなものなのだが、これが美味い!つまり、薄い薄~~い生地の上に具を置いて窯で焼いて、そこに強い酒をかけて点火するのだ(火をつけないで食べるものもある)。これは、冗談抜きで生活苦の中から生まれた料理かも知れない。苦しくても、その中から楽しみを見いだすことが出来るというのは、すばらし~ことだと思う。

そんなツアーのことを思い出しながら、ストラスブールの郵便局に着いた。この地方はドイツ語が通じる。だから河を渡ってドイツ人が大勢買い物や食事に来る(もちろんその逆もあり)。この辺でドイツ語(訛りが凄いが)を話せないのは、パリから流されてきた管理職だけだと誰かが言っていた。

お陰で、郵便局でも何不自由することなく用件を済ませることが出来た。ストライキが始まって以来、航空便などを持ってくるドイツ人が多いと言っていた。やはり、皆同じことを考える。ドイツ国内向けのものは、どうせストだから同じことなので持ってこない。多分みんな自分で届けに行くのだろう。アウトバーンはよく整備されているから。

さて、そして用件を済ませた後は、当然ストラスブールを探索した。ドイツ語が通じるのが嬉しい。ドイツと違って、サイズの小さい服も売っているので、ここぞとばかり何着か買い込んだりもして、そしてスタンド式のコーヒーショップでお茶をしようと思った。ここでやっと、エスプレッソの登場である。前置き長い。まあ、エスプレッソは大抵食後に飲むと考えれば、これぐらいのタイミングで出てくるのが適切かも知れない(笑)。

使われているカップは、ホントに小さくて、「ぐい飲み」ぐらいの大きさだった。そしてわたしは、周りの人に倣って、そこにミルクと砂糖をぶち込んで美味しく頂いた。そう。ストラスブールのカフェーでは、少なくともわたしが入った2軒では、エスプレッソにミルクと砂糖を入れて飲んでいたのだ。ぐい飲み程度の大きさのカップに、普通の1人前の量の砂糖とミルクを入れて飲む。コーヒーの原液と言っても良いか?これが美味い!美味かったのである。そんなわけで、その後またひとしきりぶらぶらした後、もう一度エスプレッソを飲みに別の店に駆け込んだのである。そこでも、ミルクと砂糖を入れて飲んでいた。

後日、ドイツの或るお店でエスプレッソを頼んだら、ミルクが付いてこなかったので、ミルクをくれと言ったら、「エスプレッソにミルク入れるの?」とウエイターが眉間にしわを寄せた。ストラスブールでの一件を話して聞かせたが「ぼくはそんなの聞いたことない」と言っていた。「それが美味しかったんだってば」と言ったら、「そいつはなによりです」と営業用のスマイルを見せてくれて、それからスジャータを1個くれた・・・・・

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【Wienerschnitzel】その2

Wienerschnitzel (ヴィーナーシュニッツェル) ():ウィンナーシュニッツェル ・・・・・ 三修社の新現代独和辞典には「ウィーン風カツレツ」と出ている。小学館では「仔牛」のとされていたが、ウィーンでわたしが食したのは豚ちゃんだった。これ以外にも、ウィンナーシュニッツェルには多くの謎がつきまとう・・・・・

さて、わたしがウィーンにコンクールで行ったとき、まさか自分が将来ブログなるものでこの日のことを書くことになろうとは夢にも思わなかったので、取材不足になってしまったのが恨めしいのであるが・・・・・

わたしの記憶によると、このウィーン市役所地下のレストランで、ほとんど出来レースのような注文を取られたとき、ボーイさんが「ソースはお付けしましょうか?」と聞いた。確かに聞いた。皆、ソースを付けてくれるように頼んだと思う。そして、ソース付きウィンナーシュニッツェル(豚)を美味しく楽しく食したのであった。その翌日の自由時間に、ウィーンの町はずれのレストランでもう一度「シュヴァイネシュニッツェル」を注文したときも「ソースは?」と聞かれた。この時の印象では、(ソースをかけない人もいるのか?)というものだった。帰りのバスの中で、そのことを話したら「レモン汁をかけるのもあるらしい」と言うことだった。まあ、全員田舎者だったので、ウィーンでのあのことこのことそのことは、「へぇ~」と素直に受け取って帰ってきたのだった。(もちろんホイリゲにも行きましたとも!)

さて、初体験の食べ物として、ウィンナーシュニッツェルは「合格」であった(笑)。

肉が薄くなって、その分面積が広くなっている。衣好きのわたしにとっては、(ぼくの好みをご存知だったのですね!)と言いたくなるような料理であった。肉が薄いのでサクサク切れて、パクパク食べることが出来る。爺になっても食べられそうだ。これはまた食べたいな~と思って、ウィーンにいろんな意味で後ろ髪を引かれながら帰ってきた。

さて、ドイツに帰ってきてから何度かWienerschnitzelを食べようと、試みた。自分で作るのではなく、食べに行くとか、買ってくるとかいう手段ではあるが。しかし、一度も「ああ、これこれ!これだった~」と言うものには出逢えなかった。

そして、どうやらドイツでは、シュニッツェルにソースをかけないでレモン汁をかければウィンナーシュニッツェルだという誤解があるように思われた。しかも、肉の切り方がドイツ風とまったく同じというのもあった。ひらひらではなく、分厚い塊で出されたりして・・・・・

わたしは確かにウィーンでソースのかかった「ウィンナーシュニッツェル」を食べたんだがなぁ・・・・・あれはいったい何だったのか?もしかして、旅行者向けのサービスか?

(ドイツから来た連中はソースがかかってないと肉は喰えないと思ってるからな。レモン汁で食べるのが本当の粋なウィーン風なんだが、あいつらにゃ無理だろうから、ソースもかけてやったらいいさ・・・・)

ヨーロッパ人というのは結構屈折してたりもするから、それくらいの腹芸をしても不思議ではないとも思う。それは、一方ではツーリストへのサービスにもなる。でも、相手を見てオーダーの取り方を変えるなんて、そういう細かい芸当の出来るのは日本人ぐらいのものではないか?とも思う。やっぱり、本場では個人の好みに合わせて、ソース付きであれ、レモン汁であれ、こだわりなく屈託なく、極めてテキトーに自分の好きなように食べているんじゃないだろうか?「本当のウィーン風とは?」などと堅苦しく考えるものではないんだろうな。さらに、豚か仔牛かという決まりもないんじゃないだろうか?肉を薄く開いて揚げて食べる、と言うあたりがウィーン風の定義で、「なんの肉か」とか、「何をかけるか」までは決まっていないのかも知れない。

でも、異国の民がそのお国で「ウィーン風」と称して料理を供するなら、せめて、あの肉をひらひらにして(豚肉の開き)揚げると言うところぐらいは遵守して頂きたいと思うのである。

さて、実は似たような疑問が「エスプレッソ」についてもある。忙しくなる前に、そいつも書いてしまおうかな?

樅の木@いま、仕事の切れ目休暇中

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【Wienerschnitzel】その1

Wienerschnitzel (ヴィーナーシュニッツェル) ():ウィンナーシュニッツェル ・・・・・ 小学館の独和大辞典には「仔牛のカツレツ」と出ている。ソーセージとはまったく関係ないのは明白である。

ウィンナーシュニッツェルという料理がある。ウィーンは実はわたしの憧れの街で、可能であればウィーンで老後を・・・なんてことを思ってみたりすることもあり、その街の名が冠されたものには、例外なく興味が湧くというものだ。ウィンナーシュニッツェルについては、どういうものかはおよそ耳学問で知ってはいたが、なかなか口にする機会がなかった。わたしがこれを初めて食べたのは、他ならぬウィーンだった。

在独中、1年ちょっとの間だったが或る男声合唱団に入っていたことがある。「村の合唱団」として愛されている団体で、わたしが身を寄せたときですでに130年ぐらいの歴史があったというから凄い。ドイツの音楽文化の懐の深さがうかがい知れる。同じ街には、同じくらい長い歴史のある混声合唱団もあった。この2団体は仲が悪いそうだ(笑)。「村」だからか、同質のものでかたまって、異質なものを排除する傾向があるのかも知れない。やたら徒党を組んで、別の徒党と反目するという、「お前ら中世か?」というようなアナクロな光景が、「村」に行けばまだまだあると思う。ドイツって国は。

そんな「村」の合唱団に、異質の極致「日本人」のわたしが入っていくのには、少々勇気を要したのだが、久しく歌っていなかったので、歌いたい一心で門を叩いたのだ。叩いた門は開かれた。聖書に書いている通りだ。そして、なんという偶然!その団体は可成り上手い団体で、コンクール優勝および入賞の常連だという。そして、入団して数ヶ月で、わたしは「シューベルト国際合唱コンクール」に出場するために、団のオッさんたちと一緒にウィーン行きの貸し切りバスに乗り込んだのだった。

この時のことはそのうち詳しく書くとして、そうして向かったウィーンでわたしは初めてウィンナーシュニッツェルを食したのだった。

それは、コンクールの歓迎レセプションの始まる前に、あれは確かウィーン市役所の地下のレストランだったと思う。そこでドイツのオッさん達(田舎もん)約80名がぞろぞろと入っていったのだが、レストランの方はそう言うのは慣れっこだったようで、まったく狼狽えることなく対応していたのはさすがであった。

何がさすがかというと、注文の取り方だ。ボーイ(Herr Ober)が、われわれのテーブルにやって来て言った最初の言葉は、「何かの行事で?」。誰かが「そうやねん。コンクールのレセプションやねん」と答えたら、それに対して、「おそらくあんまり時間ないですね?全員Schweineschnitzelで良いですか?」と来た。テーブルに仕切り役が「おい、お前ら、それでいいか?いいだろ?ベジタリアン居てるか?」、「それでいーよ(全員)」。それでオーダーが済んでしまった。阿吽の呼吸というべきか・・・・・

さて、ここでHerr Ober すなわちボーイさんは、Schweineschnitzel (シュヴァイネシュニッツェル)と言ったのだ。これは「豚のカツレツ」と言うことになる。そして、運ばれてきたのはまぎれもないウィンナーシュニッツェルだった。でっかい、ひらひらのが2枚、半分皿からはみ出している。ウィーンではウィンナーシュニッツェルのことをウィンナーシュニッツェルと言わないでシュヴァイネシュニッツェルと呼ぶのだと言うことがわかった。

そりゃそうだ。考えてみれば、ウィンナーコーヒーだって、ウィーンで注文するときはメランゲと言うのだと、どこかで読んだ記憶がある。多分諏訪功さんの著書ではなかったかな?そして、その翌日の自由時間にひとりでウィーンのカフェーハウスに行ったときに「メランゲ(メレンゲじゃなくて)!」とやってみたら、しっかり通じている。

ウィーンのものを「ウィンナー ~~」と呼ぶのはウィーン以外のことなのである。と言うことは、ウィーンでドイツ風のシュニッツェルを食べようと思ったら「ドイツ風豚のカツレツ (Schweineschnitzel nach deutscher Art)」とでも言わなければならないのだろうか?で、「当店では出来ません(ちょっとあんた、ここはウィーンやで!)」とか、あっさり言われたりする???

(つづく - Fortsetzung folgt!

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2006年7月24日 (月)

【Verweile doch, du bist so schoen!】

Verweile doch, du bist so schoen! (フェアヴァイレ ドホ、ドゥ ビスト ゾー シェーン)():「とまれ、お前はとても美しい!」・・・・・GoetheFaustに出てくる有名な言葉。

ドイツ文学族(?)なら、おそらく誰でも知っていると思われるこの言葉。これは、メフィストが、ファウストの魂を得るために、ファウストに数々の楽しみ、目眩く想いを経験させ、ファウストがそれに魅せられて、表題のこの言葉を発したとき、ファウストの魂はメフィストの手に落ちる、という約束の言葉である。

劇中、ファウストはあの有名なグレートヒェンとの悲恋や、女神ヘレナとの恋、ブロッケン山での魔女のお祭り、あるいは戦争の片棒を担ぐなどいろいろな体験をするが、しぶとくこの言葉を口にしない。結局、化け物の助太刀で勝った戦争の報償としてもらった、決して肥沃とは言えない土地の領主として、その開墾の槌音を聞きながらこの言葉を口にする。

最後は、天使に邪魔されて、ファウストの魂はメフィストの手には落ちず、地獄ではなく天国に上って行き、そこで天国で贖罪中のグレートヒェンのもとにたどり着き、最後は「Das Ewig-Weibliche / Zieht uns hinan (永遠にして女性的なるもの / われらを引きて登らしむ) 」という有名な神秘の合唱で幕を閉じる。

「この言葉を発したら、魂が悪魔の手に落ちる」・・・・・

これは極めて劇的なエレメントである。ファウストは戯曲なのだから劇的で正しい(笑)。

その言葉が表題のこの言葉なのだが、ゲーテは何故この言葉をこの劇のキーワードにしたのだろう? などと想像することがよくある。陳腐な言葉になってしまうが、この言葉を発するときは、すなわち人生における「最高の瞬間」である。その「瞬間」に対して、「そのままでいてくれ」と願う・・・

「どういう時がこの最高の瞬間なのか?」、ならば、ゲーテの人生観、世界観がわかりやすく現れるところだ。そこに表現されたものが、ゲーテの考える最高の瞬間(のひとつ?)なのだと考えれば良いだろう。しかし、「それをどんな言葉で表すのか? それは何故?」、と言うことになると、本人に会って聞いてみるしかない。もしかすると、ゲーテ自身がそれについて書いたもの、あるいは言ったとされるものが残っているかも知れない。もしあれば、調べればわかる。なければ、いつまで経ってもわからない。「ない」と言うことを証明するのは難しい。

わたしの想像はこう。

おそらく、ゲーテ自身「この瞬間がいつまでもこのままとどまっていてくれたら・・・」と言うような想いを何度も味わっているのだろうと思う。しかしそれは叶わず、否応なく「その瞬間の続編」が始まる。

そもそも、続編というのは大抵前作を超えないことが多い。前作以上の感動を得るためには、続編から前作の倍以上の感動を感じなければ、そうは思えないのではないだろうか?ロッキーでもネバーエンディングストーリーでも、パートⅠがいちばんだったと思う。

続編のお陰で、最高の瞬間だったはずのものがそうでなくなったりしたかも知れない。その繰り返し(?)の中、ゲーテはめげずに次なる最高の瞬間を求めて駆け抜けて来たのではないだろうか? 文学でも、学問でも、政治でも、偉大な業績を残したし、女性に対しても情熱的で、70才の時に17才の少女ウルリーケに求婚して、実現しそうになったとか!いや、見習おうとは思わないが。上原謙じゃあるまいし(謎爆)。

最高の瞬間と、その続編による落胆を何度も経験した結果、「死ぬことこそが、最高の瞬間を止めることのできる唯一の方法なのだ」と言うような認識にたどり着いたのではないだろうか?

あるいは、ファウストの話には元の話があるので、この言葉もその元の話から拝借してきただけかも知れない。すべては調べればわかることだが、忙しい。なので、想像をめぐらすのだが、そう言う「瞬間」が結構楽しかったりする。止まれとは思わないが(笑)。

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2006年7月13日 (木)

【Baustelle】

Baustelle (バウシュテレ) ():工事現場

わたしは工事現場が好きである。そもそも男の子というのは、大きなものを壊したり造ったりするのが好きであるし、わたしの場合、加えて、帰国してフリーランスの翻訳1本でやっていけるようになるまで、二足の草鞋として交通警備をやっていたとき、いろんな工事現場と関わったからでもある。すなわち「現場側」のニンゲンになった経験があるからだ。

子供の頃からの刷り込みによって、「工事現場にいるのは荒くれ男」という先入観があったが、実際に現場側のニンゲンになってみると、なかなか気さくな人が多く、居心地の良い現場がほとんどだった。寒風吹きすさぶ中や、炎天下など、結構過酷な状況下で一緒に働いていると、工事現場の苦労に思いが及ぶようになった。世の中には「手抜き工事」というものもあるけれど、大抵の業者は一生懸命やっていると思う。(ま、そうでない部分も多少は見たけど・・・(^m^)

業界用語を多少覚えたのは収穫だった。「合材」とか、「瀝青」とか「乳剤」とか、それまで馴染みのなかった言葉を耳にする度に、調べた。

「合材」とは、道路を舗装するときに敷きつめるアレだ。皆は簡単に「アスファルト」と言うけれど、アスファルトだけだったらべとべとでどうしようもない。アレは、砂と小石とアスファルトを混ぜ合わせたものだ。近くで見ると、黒い石ころばっかりに見えるが、あれを道路に敷きつめてローラーで圧力をかけると、石の間のアスファルトが押し出されてきて、丁度良い具合に表面が平らになるのだ。あの配合の妙が舗装の出来を決めると言っても過言ではないと思うが、あれは「お好み焼きにおける、キャベツと生地の比率」に通じるものがあるのではないかと思う。

「乳剤」とは、アスファルトに水を混ぜて乳化剤でつないだものだ。さらさらになるので扱いやすい。これは、舗装面の継ぎ目などをカバーするように塗布したりする。表面がべとつくので、塗布した上から砂を撒く。これが乾く、すなわち水分が飛んでしまうとそこには(混じりけのある)アスファルトの薄い塗膜が出来て、継ぎ目の位置から舗装が損傷していくのを防ぐ。合材に使われているのも、濃いめの乳剤ではないか?と思っているのだが、これは裏を取らないまま業界を出てしまった(^^;) それから、合材を敷きつめる前に乳剤を撒くのは何故か、不確かなまま足を洗ってしまった。まあ、合材の固着性を良くするためとは思うのだけれどね・・・・・

「瀝青」というのは、アスファルトの和名である。わたしは知らなかった。ある時、担当で付いた業者が「○○瀝青」という社名だったので、聞いてみると『これはアスファルトのことだよ~。お前、警備やっててそんなことも知らねえのか~?』とか言われてしまった。『し、新米なもんで・・・』と言うしかなかった。いや、実際新米だったし・・・・・この歳になって新米になれるなんて、人生は驚きに満ちている♪

さて、その工事現場がいま我が家のすぐそばにある。何でも、地盤が沈んで家の柱だの梁だのが歪んだとかで、近所の家2軒が曳き家工事をしているのだ。家を基礎から離し、レールと枕木に載せて丁度良い具合にあった隣の空き地に「置いてある」。その間は、基礎との接合部分をを破砕する音が凄くうるさかった。

今は、基礎を撤廃して更地にする工事をしている。ユンボ、いわゆるパワーショベルが敷地内に入って大活躍している。そう言えば、なぜユンボって言うのだろう?それはともかく、これはもう「揺れる」。なるほど、地面というのは揺れるものなんだな~、と改めて認識した次第。こんなに揺れるのであれば、なるほど、工事が始まる前に施工業者が近隣の家の測量に来たのもうなずける。工事の後、歪みが見つかったら補償してくれるらしい。まあ、持ち家じゃないからアレだけど・・・・・それよりも、空き地に「置いてある」家がコケないかどうかが心配だ。

まあ、そんなわけで昼間はどうも仕事の能率が良くない。いくら工事現場が好きでも、だからといって能率が上がるわけではない。いきおい、夜になってから頑張ることにもなるのである。早く終わってくれないかな~。

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【Fussabdruck ・・・・・ 足あと帳】

Fussabdruck (フースアプドゥルック) (男):足あと

MixiなどのSNSでは、自分のページに「足あと帳」を設置している人が多いですね。あれはまあ、SNSと言うくくりの中での話ですが、この手のブログでやってみたらどういうことになるのかな?店に喩えるなら学校内の生協と、往来の露店ぐらいの違いがあるのでしょうか?

なにはともあれ、常連の皆さん&通りすがりの皆さん、もしよろしかったら何か書いていってくださいね♪

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2006年7月 2日 (日)

【Maestro】

Maestro (マエストロ)(男):(作曲・演奏などの)大家(たいか・・・・「おおや」ではない)、名人、巨匠、あるいは音楽教師。日本の合唱界で言うと、田中信昭師がそれにあたる。

今日は、10月に常陸太田で行われる東京混声合唱団演奏会でのジョイントステージのための練習があった。田中信昭先生の指導を受ける、極めて特別な日。マエストロ練習と言っても、決して言いすぎではないだろう。

27年ぶり(?)で直にお見かけする田中先生は、まだ背筋もしっかりと伸びていて、話す声も内容も力強い。指揮をしながら、どすんどすんと足踏みをなさるのは、昔のままだが、あの衝撃にも耐える肉体を未だに維持しているのは驚き以外の何ものでもない。

さて、練習で求められたのは「歌うこと」だった。自分のモティヴェーションで歌うこと。

(ここには、田中先生の言葉をそのまま書くのではなく、わたしが聞いて咀嚼した内容を書く。)

詩を読み、読み込み、深く読み込み、作者が何を伝えたいのかを感じ、それを読んだ自分が何に感動し、何を伝えたいかを明確に持っていること、そして、楽譜にちりばめられている作曲者のメッセージを読み取ること。

1曲目の後半は、最初少し聞いて頂いただけでダメが出て、9月までの宿題となっている。練習担当のT先生に「ねえ、これ、どうづる?このままひとつひとつ作ってく?」とか質問されたりした。歌い込んでいないこと、そしてそれ以前の「自分はどう歌いたいのか」ということがまだ「無い」と思われたのだろう。日本語の部分ならまだしも、この部分の歌詞は英語である。漫然と練習していたら、何となく「こんな感じだろ?」で終わってしまう。おまけに、訳詩はすでに手元にあったりするのでもうわかったつもりになっているが、訳者がこのひとつひとつの訳語にどのような思い入れを託したのか、どんな苦労をして英語にしたのかを感じ取るところまでは行っていないのが見えたのだろうと思う。

わたしも翻訳で食べている人間だが、ドイツ語でないと「読む」モティベーションが下がる。そこまで深く読み込んでいなかった。マエストロ練習に臨むためには、準備が足りなかったと思う。これは「恥」である。

次は任してんか。

練習中に頂いた言葉を思い返すと、田中先生は「モティヴェーションなく歌う」のを最も嫌われている、と感じた。そして、われわれがそれをやってしまいがちなので、それをまず強く求めておられるようだ。

「まず「感情」があり、それが表情や仕草などとともに「音声」でも表現される。それでは足りなくて「言葉」になる。その言葉をもっと表現するために歌が生まれる」

「言われたとおりにやってはいけない。言われたとおりにする人は言われたことしかやらない」

「わたしを見てはいけない。お客さんの方を見なさい(意識を向けるの意)」

「音楽は人間にとって必用なものである。でなければ、いまごろ退化しているはずだ」

「解釈は∞通りある。正解はない」

「わたしの言うことはヒントにすぎない」

「 」内は、印象に残ったマエストロの言葉であるが、もとよりこれは一言一句同じなどでは決してなく、記憶に基づくものであること、そして、その「現場」で受け取った言語情報以外の深く豊富な情報が含まれていないのはもちろんである。だから、語録みたいなものをつくるのも悪くはないが、それは「記録」としての価値であって、実際に歌う者としては、それを咀嚼して自分の血管に流すことが出来るかどうかが大切だと思う。

まず何らかの「感情」があり、それが「言葉」となり、それを「歌いたい」というモティヴェーションが生じて「歌」が生まれる。歌の起源はこうだったろうと思う。「始めに言葉ありき」というのは聖書以外でも通用する♪

われわれには、始めに歌が与えられている。下流から上流に、逆向きに辿っていくことになるのだけれど、最後お客さんの前で歌うときには上流から流れてきたものを届けたいものだと思う。

練習後、T先生が行く前に、田中先生のところに行って挨拶させて頂いた。もちろん、わたしのことなど「名前と顔で」覚えていてくださるわきゃぁないのだが(笑)、「K大学グリークラブ」、「三善先生のクレーの絵本第2集を初演させて頂いたときの学指揮です」と言ったら、想いだしてくださった。嬉しい♪

取りあえず記憶が薄れないうちに・・・・・

B.O. を「おー」で歌っていたが、音価は「Loo」で歌うこと。そして音程が変わるたびにタンギングすること。

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