« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月26日 (土)

【Cevepcici】

Cevepcici (セバプチチ) ():セバプチチ ・・・・・ ユーゴスラビアの料理だと聞いた。羊の挽肉を使った、スパイスのきいた皮なしソーセージ。あるいは、それを使ったピラフ(?)のことを指すこともあるらしい。牛乳の一種(セバプ乳)ではない。

01ある時、所用があってベルリンに出かけたことがあった。

その時、友人のひとりが言った。

「いま、ぼくの友達のひとりがベルリンに来ているんだけどね、禅をやっている人で、日本についてすごく興味があるんだよ。良かったら、向こうであって話とかしてみない?」

わたしは乗った。禅について一夜漬けとかして(爆)、ベルリンにクルマを走らせた。

その友達アレクサンダーは、マハトマ・ガンジーのような風貌で、(彼が禅を組んだら似合うやろな…)と思った。お互いあまり詳しく自己紹介などもせずに、いきなり話に入っていけたのは、「禅」が取り持ってくれたからかも知れない。が、アレクサンダーは演劇関係の人らしかった。俳優なのか裏方なのか、わからないが、あまり話したくなさそうなのでこっちも深くは聞かなかった。もしかしたら、「大物」だったのかも知れないと、後になって思ったりした。

さて、そのアレクサンダーと「食事でも」ということで、彼のイニシアティヴで連れて行かれたのが、ユーゴスラビア料理を食べさせる店だった。ユーゴスラビアだけではなかったかも知れない。そこで、何を食べたらいいのか皆目見当のつかないわたしにすすめてくれたのが、表題の「セバプチチ」だった。ピラフの上に乗っかって出てきた。スパイスがきいていてなかなか美味しい。ビールが進む♪

2時間ぐらいアレクサンダーと過ごして、日本のことなどまったりと話して別れた。後日、丁寧なカードが届いた。わたしも負けずに毛筆で「禅」と書いた厚紙(爆)を送ったりした。喜んでくれたらしい。

最近、行きつけのブログ♪で東欧に関する話題が多い中、ふとこのことを思い出してググって見たら日本でも結構手にはいるらしい。

買う。

| | コメント (16)

2006年8月20日 (日)

【Wunschpunsch】

Wunschpunsch (ヴンシュプンシュ) ():願いを叶えるプンシュ ・・・・・ このプンシュとはパンチのことで、「殴る」パンチではなくて「飲む」パンチである。ポンチ、ポンスとも。小学館独和大辞典には、『アラク酒またはラム酒・レモン・香料・砂糖・茶または水、の5つを混ぜて作る飲料、熱して飲む』とある。Wunschpunschとは、「これを飲んで願い事をすると何でも叶う」という「魔法のプンシュ」。かのミヒャエル・エンデの作品のひとつ。

さて、このミヒャエル・エンデのヴンシュプンシュ(Wunschpunsch)だが、正しいタイトルは、「Der satanarchäolügenialkohöllische Wunschpunsch」と云ふ。誰か訳して(爆)。

一度デュッセルドルフの人形劇場に女房と一緒に行ったことがある。その時の演し物がこの「Der satanarchäolügenialkohöllische Wunschpunsch」だったのである。なにやら怪しげな形容詞があるなあ・・・などと思って観ていたのであるが、これを女房のために訳してやろうかな?とか思って、劇場で売っていた原作本を買った。すると、この珍妙なるタイトルが付いていたのである。このタイトルが訳せないので、未だに女房のための翻訳は終了していない、と言うか始まっていない(爆)。そうこうしているうちに、女房が(もう一度ドイツ語頑張ろうかな?)と考えたらしく、先日の独検で3級に合格した(祝!)。そのうち自分で読んでくれる日が来るのではないかと思ったりしているナマケモノ亭主 orz ・・・・・

さて、このsatanarchäolügenialkohöllischという言葉だが、筆者がその著書の中で解説している。これを筆者は「Perspektiv-Wort」と呼んでいる。一般的な言葉ではないようで、かの小学館にも収録されていない。Dudenなら載っているかも知れない。「ミヒャエル・エンデの造語」とか書いてあったりして(笑)。

Perspektivである。Perspektiveではない。すなわち、「望遠鏡」のことだ。Perspektiveだと「遠近法」とか、「展望」という意味合いで使われる。Perspektiv-Wort、これはすなわち、望遠鏡を伸ばすように、単語の頭と最後尾をその前後の単語のそれと重ね合わせて作り、しかも結合された単語個々の意味が、どこか通じるものでなければならない。エンデによれば、悪魔と魔女の世界では、このPerspektiv-Wortは霊験あらたかな言葉として重宝されていると云うことだ。作り方を間違うと命に関わるかも知れない???

さて、このタイトルのsatanarchäolügenialkohöllischの構成要素は以下の通りである(言葉の抽出の仕方は筆者が著書に書いていたものに準じる):

1.SATAN(悪魔) 2.ANARCH(無政府状態の) 3.ARCHÄOLOG(考古学者) 4.LÜGE(嘘) 5.GENIAL(天才) 6.ALKOHOL(アルコール、酒) 7.HÖLLISCH(地獄の)

これをまず1段階結合するとこうなる(末尾に付した訳語はまともな訳語ではないからね):

1. SATANARCHISCH(悪魔のような無政府状態の) 2.ANARCHÄOLOGIE(無政府状態を研究する考古学) 3.ARCHÄOLÜGE(考古学者の嘘) 4.LÜGENIAL(嘘の天才) 5.GENIALKOHOL(天才の酒) 6.ALKOHÖLLISCH(酒地獄の)

これをさらにもう一段階進めると:

1. SATANARCHÄOLOGIE(悪魔のような無政府状態を研究する考古学) 2. ANARCHÄOLÜGE(無政府状態を研究する考古学者の嘘) 3. ARCHÄOLÜGENIAL(考古学者の嘘の天才) 4. LÜGENIALKOHOL(嘘の天才の酒) 5. GENIALKOHÖLLISCH(天才の酒地獄の)

もういっちょ行ってみるとこうなる:

1.SATANARCHÄOLÜGE(悪魔のような無政府状態を研究する考古学者の嘘) 2. ANARCHÄOLÜGENIAL(無政府状態を研究する考古学者の嘘の天才) 3. ARCHÄOLÜGENIALKOHOL(考古学者の嘘の天才の酒) 4. LÜGENIALKOHÖLLISH(嘘の天才の酒地獄の)

ここまで来たら、もう行くしかない:

1. SATANARCHÄOLÜGENIAL(悪魔のような無政府状態を研究する考古学者の嘘の天才) 2. ANARCHÄOLÜGENIALKOHOL(無政府状態を研究する考古学者の嘘の天才の酒) 3. ARCHÄOLÜGENIALKOHÖLLISCH(考古学者の嘘の天才の酒地獄の)

あともう少し!:

1. SATANARCHÄOLÜGENIALKOHOL(悪魔のような無政府状態を研究する考古学者の嘘の天才の酒) 2. ANARCHÄOLÜGENIALKOHÖLLISCH(無政府状態を研究する考古学者の嘘の天才の酒地獄の)

ついに完成!:

SATANARCHÄOLÜGENIALKOHÖLLISCH(悪魔のような無政府状態を研究する考古学者の嘘の天才の酒地獄の)

これをもし上手く文学的に翻訳することが出来たら素晴らしいと思うのである。このブログにいらっしゃる方はドイツ語に習熟した方が多いと思うのだが、こっそり挑戦してみては如何だろう?

それにしても、このPerspektiv-Wortを取っ払っても、「Wunschpunsch」というタイトルだけで、なかなか洒落ている。そして、この物語に出てくる悪魔とその叔母(だったかな?)にあたる魔女が、出来上がったPunschを飲むときに云う口上がまた洒落ている。リズムがある。子供がこれを聞いたらきっと真似すると思う。すなわち:

Punsch aller Pünsche, erfüll meine Wünsche (プンシュ アラー ピュンシェ、エアフュル マイネ ヴユンシェ):「プンシュの中のプンシュ、私の願いを叶えておくれ!」

遊んでる。ごっつ、遊んではる(笑)。コトバ自由自在、って感じでスゴイ人だと思う♪

そして、物語が目出度く終わった最後の1行は:

ENDE GUT, ALLES GUT. (終わりよければすべてよし)

って、作者がEndeさんやもんね。「エンデよければすべてよし」? アンタが良かったらすべて良いのか?と突っ込んでみたくなった樅の木であった。

Wunschpunsch01

| | コメント (6)

2006年8月15日 (火)

【Scherzbold】

Scherzbold (シェルツボルト)():おちゃらけ野郎! ・・・・・ この~boldというエンディングで「習慣的に~する人」という言葉をつくる。Saufbold(大酒のみ)、Lügenbold(大嘘つき)、Raufbold(暴れん坊)などなど

さて、上記の「~bold」だが、辞書(つまり小学館)ではこのほかにも数例あったが、上にも書いたRaufbold君が、ファウストに登場する。楽しい名前を持った仲間と一緒に。

ファウスト第2部がそろそろ終わりに近づいてきたあたり。行番号10512で、このRaufboldと名乗る若者(実はメフィストが調達した妖しげな存在)が出てくる。戦争で皇帝の助っ人をするためにやって来たファウストとメフィストの兵隊だ。このRaufboldは文字通りの暴れん坊である。戦争には必用な人材だ(人かどうかはともかく)。で、高橋義孝さんの訳では「喧嘩屋」となっている。

楽しいのはその仲間だ。

相手を「喧嘩屋」でやっつけたら、戦利品をかっさらうのに「取り込み屋」が出てきて、そしてその連れ合いではないが同類の「早取り女」が出てきて、そしてかっさらった戦利品をはなさずにいるために「握り屋」が出てくる。この「取り込み屋」、「早取り女」、「握り屋」がドイツ語でどう書かれていたか・・・・・

「取り込み屋」・・・Habebald (ハーベバルト

)

「早取り女」・・・・・Eilebeute (アイレボイテ)

「握り屋」・・・・・・・Haltefest (ハルテフェスト

)

ハーベバルトは「すぐに所有する→すばやくかっさらう」、アイレボイテは「急いで袋に入れる」、ハルテフェストは「しっかりと掴む」、という意味合いがあるのだが、このそれぞれの名前が、いかにも実際にありそうな名前で、ちゃんと男名、女名のフィーリングも入っている。原文で読んだとき、思わず笑ってしまった。

| | コメント (19)

2006年8月12日 (土)

【Donnerwetter!】

Donnerwetter (ドンナーヴェッター) (中):雷雨、大目玉 ・・・・・ Zum Donnerwetter!などと言って、「ええ!忌々しい!」みたいに使ったりする。モトの意味で使われるのをあまり聴かない。

午後、関東地方を激しいDonnerwetterが襲った模様だ。ここ、ちばらき地方も例外ではなく、時折何かが裂けてそれから崩れ落ちるような、もはや雨雲の上で雷さんが太鼓を叩いてドリルをやっているどころではない音がした。ピシッ!メリメリメリメリ!どっすんばりばりーーーっ!と言うような、まるで交響曲のフィナーレでも聴いているような(どんな交響曲か?)Donnerwetterだった。

わたしは、念のためコンピュータの電源を切って、コンセントも抜き、仕方がないのでDonnerwetterを子守歌に昼寝をした。目が覚めたら、どんなべったは終わっていた。

先ほど擬音効果に使った「どっすんばりばり」だが、これが使われているところを現行犯逮捕した事のある方はいらっしゃるだろうか?関西だけかも知れない。

わたしが新卒で入った会社はルート営業だったので、わたしも浪速商人の丁稚のようなことをしていたのだが、その業界・・・と言うか、営業マンの間でよく使われていた。これは、「商談が上手く行って、たくさん注文を貰って、発送して、それが得意先に着荷したらあまりの重さに得意先の床が抜けた」という目出度いシーンを表現する擬音語だった。商談から帰ってきた営業に向かって、「どやった?どっすんばりばりか?」などと言う風に使う。久しぶりに使った。懐かしい。

| | コメント (2)

【Cafe con leche】

Cafe con leche (カフェ コン レチェ) ():カフェ・コン・レチェ ・・・・・ スペインのミルクコーヒー。て言うか、スペインのカフェラテ(の筈)。飲んでみて、これはエスプレッソ&ミルクだと思った=カフェラッテ(伊)と同じ?最近「食い物飲み物」ネタが多い♪

以前、ハイデルベルクという有名な観光地からわりと近いところに住んでいたので、ハイデルベルクにはしょっちゅう行っていた。ドイツでの暮らしにもすっかり慣れて、それが極めて自然に思えて来た頃、ハイデルベルクの目抜き通りのショーウインドウに、周囲から浮いている異物を発見した。はい。わたし自身の姿。自分が何者であるかをあらためて知った体験だった。日本人が海外に長く住むと、より日本人になって戻ってくるとよく言われるが、激しく同意。

さて、そのハイデルベルクは観光地であるため、日本人の団体さんを見かけることも多い。そう言うとき、なぜかそれを避けて通っていた。この辺の心理おわかりいただける方も多いのではないかと思うのだが・・・・・そんなわたしを嘲笑うかのように、「あの、日本人の方ですか?」と呼ばわる声がした。よっぽど「ちゃいますよ~、関西人ですよ~」と言おうかと思ったが、正直に「はい」と返した(海外の街で、いきなり通りすがりの日本人から「あの~、関西人の方ですかぁ~?」ときかれたら驚くと思う。もし本当にそうなったら、驚きはひた隠しに隠して、「見たらわかるやろ」と返したいと思う)。

その彼はスペインのマドリッドに住んでいるという。おみやげ屋を探しているというので、知っている店に連れて行ってあげて、ついでに通訳をしてあげたら、別れ際に名刺を出して、「もし、マドリッドに来ることがあったら寄ってください」と言ってくれた。「来ることがあったら」なんて簡単に言うけど、これは、結構簡単だ。所要時間と距離と費用を考えたら、きっとフランクフルトーマドリッドの方が、札幌―那覇の旅より簡単だと思う。まあしかし、そう言う機会を作るのはほとんど無理だろう、と思っていたら、半年ほどして5日間ほどの休みが出来て、いろんな話が絡み合ってマドリッドに行くことになったから驚きだ。

さて、そのハイデルベルクで袖触れあった彼(Uくん)に宿を手配してもらって、わたしはマドリッドに到着した。特に意気投合したという感じでもなかったのだが、海外でばったり出会うなんて言うのは、確率的に言うと可成りの難関だ。Uくんに一日付き合ってもらって、マドリッドの観光名所をつるりと舐めて、オープンレストランでパエジャを食べた。スペインではパエリアとは言わないのだ。「L」は「J」のような音価になる。しかし、生まれて初めてパエリアを食べたのがスペインだったというのはラッキーと言って良いのだろうか?あの時のと、同じものを食べようと思ったら、どこに行けばいいんだろう?まあ、Uくんが酒を飲まないのが少々不完全燃焼だったが、ハイデルベルクでおみやげ屋に付き合ってあげたのが、10倍ぐらいになって帰ってきたように思う。げに、「情けは人のためならず」だと思う。

さて、Uくんがガイドしてくれたのは1日だけで、あとは独りで行動した。何とか英語&旅行用会話ブックで用が足せたように思う。そう言うことにしておこう。で、そのマドリッドでの自由時間で、いちばん印象に残ったのが、Cafe con lecheだった。おそらくこれはエスプレッソ+ミルクだ。美味しい(捺印)!滞在中に何杯飲んだか数え切れない。まず始めから数える気がなかったのだから当然だが、数えていたら20杯ぐらい行ったのではないかと思う。

街中に、スタンド式のカフェがあちこちにあったが、そう言うところでは、このCafe con lecheには袋入りのシュガーを使っている。3cm x 5cmぐらいの大きさのものだ。それをべりっと勢いよく破いて、どばっとカップに入れ・・・・・そして、空袋を床に捨てるのだった。まあ、気取ったレストランなどではしないのかも知れないが、フツーの市民が行くという感じの所では決まってシュガーの袋を床に捨てていた。

理由はわからなかったが、これはまずゴミとしては扱いやすいゴミである。湿っていないし、扱いやすい。1回1回食器を下げるときに、ゴミまで付いてくるのが面倒だから、客に床に捨てるように「指導」しているのかも知れない。あとで一気にほうきでかき集め・・・・・?すると、流行っている店は床が汚いと言うことになる。薄暗い、奥行きの深いカフェの店内。床は板張りで、シュガーの袋が、雪の吹きだまりのように店のそこかしこに堆積している。謂われはともかく、床にゴミが沢山あるということは、「ウチは流行ってます!」ということをアピールする、好材料なのかも知れない。

わたしのスペイン、マドリッドの印象は、初めて食べたパエリアと、甘く香ばしいCafe con lecheと、カフェの床に敷き詰められたシュガーの紙袋だった。

| | コメント (6)

2006年8月10日 (木)

【Es ist vollbracht】

Es ist vollbracht (エス イスト フォルブラハト) ():事成れり ・・・・・ これは、新約聖書の「ヨハネによる福音書」でイエスが十字架の上で最後に発した言葉として書かれている。文語の和訳がたしか「事成れり」だったと思う・・・・・日本聖書協会の現代語訳では「すべてが終わった」となっているが・・・・・ちょっと違う感じがするなあ・・・・・

わたしは、ファウストが好きで時々本棚から引っ張り出してきては読んでいる。ドイツ語版はレクラムのあの黄色い小型本。翻訳ものは新潮文庫(高橋義孝訳)。この高橋訳はなかなか面白い。まあしかし、どんなに好きな翻訳があっても、原文で読むのとでは大違いである。翻訳は所詮「比喩にすぎない」のかも知れない。

さて、原文でファウストを読むとき、必ず読む箇所がある。それは行番号11587からのメフィストの科白から始まる一節:

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *

MEPHISTOPHELES

Ihn sättigt keine Lust, ihm gnügt kein Glück,

So buhlt er fort nach wechselnden Gestalten;

Den letzten, schlechten, leeren Augenblick,

Der Arme wünscht ihn festzuhalten.

Der mir so kräftig widerstand,

Die Zeit wird Herr, der Greis hier liegt im Sand.

Die Uhr steht still –

CHOR           Steht still ! Sie schweigt wie Mitternacht.

Der Zeiger fällt.

MEPHISTOPHELES  Er fällt, es ist vollbracht.

(高橋訳)

メフィストーフェレス この男は、どんな快楽にも飽き足りず、どんな幸福にも満足せず、移り変るもろもろの姿を追って人生を駆け抜けた。

そして最後の、分のわるい、中身のない瞬間を、

哀れにも、引留めようと願った。

どうにも手剛い相手だったが、

時には勝てず、この通り、砂の中に倒れている。

時計の針はとまったぞ-

合唱          とまったぞ。深夜のような沈黙だ。

針は落ちた。

メフィストーフェレス 針は落ちた。片がついた。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *

ドイツ語の原文に感じられるリズムに、いつも鳥肌の立つ思いがする。このメフィストの科白、そして特に、「Die Uhr steht still」以降の合唱との掛け合いは、周囲の音を一切消して、pppでエコーを効かせたのが聴きたいと思う。最後の「Er fällt」のErは時計の針でもありファウストでもあるだろうと思う。そして最後に、「Es ist vollbracht」が来る。イエスの今際のきわの言葉を、悪魔であるメフィストに言わせるのがなんともシニカルな感じがする。

このイエスの最後の言葉「Es ist vollbracht」は、もちろん有名な言葉であり、一日の仕事が終わったときに、「Feierabend!」と叫ぶ替わりに「Es ist vollbracht」と歌ったりするひともいるらしい(あるいは、仕事でなくても何かが終わったときに)。なんでもおちゃらけにしてしまうわたしだけれど、この辺はパロっていられないのである。

ではアンコールでもう一度;

M. Die Uhr steht still –

Ch. Steht still ! Sie schweigt wie Mitternacht. Der Zeiger fällt.

M. Er fällt, es ist vollbracht.

M. 時計の針はとまったぞ

Ch. とまったぞ。深夜のような沈黙だ。針は落ちた

M. 針は落ちた。片がついた。

| | コメント (4)

2006年8月 1日 (火)

【Kaese Fondue】

Kaese Fondue (ケーゼ フォンデュ) ():チーズフォンデュ ・・・・・これは、このところすっかり有名になっているスイス料理。解かしたチーズ x 白ワイン にパン片を浸けて食べる。ブルゴーニュ風は、熱した油に肉片を浸して食べる。つまり、しゃぶしゃぶの親戚やね。(スチームボートも入れたって!)。ケーゼはれっきとしたドイツ語だが、フォンデュは何語?フラ語かな?スイスは言語の坩堝やからね。

先日、わたしのリクエストで、結婚して初めて自宅でチーズフォンデュを作って食べた。なかなかいける。ま、「チーズフォンデュの素」とかあるし。簡単で美味しいのだから、日本にも急速に広まったわけだ。

ドイツ暮らしの1年目か2年目。まだ独身。ひとりでクリスマスを過ごす私を、あるドイツ人の知人が自宅に招いてくれた。彼らからすれば「クリスマスを独りで過ごすなんて、寂しすぎる!あり得な~い!」と思って誘ってくださったのだろうと思う。有り難い。

わたしの両親ぐらいの年齢のご夫婦だ。わたしと同年配の娘さんと息子さんが居る。娘さんはイギリス人と結婚していて子供も1人居る。息子さんはまだ独身だった(それからあとも、可成り長いこと独身だった)。そこにその家族の知人のご夫婦とその10代のお嬢さんひとりが加わって、合計10名でクリスマスの食卓を股間だ、じゃなくて囲んだ。その時に、生まれて初めてこの「チーズフォンデュ」を口にした。いや~、美味しかった&楽しかった。

これは、金属製の串を手に、パン片を突き刺して鍋に突っ込んで「くるくる」っとやって食べるだけ。気取らないで良い料理だ。ドイツに住んで、ナイフとフォーク&スプーンについては数々の経験を積んだが、やっぱりこういう型式が肩がこらなくて良い。

「今夜のメインディッシュはチーズなんだ。だからワインも白なんだ」と、ホストであるその家のご主人が、日本人であるわたしにドイツの文化を丁寧に説明してくださる。「知ってます~」などと口走ることはしないで、有り難く拝聴していた。そもそも、外国語でのコミュニケーションだから、日本語ほど自由に使えないので、相手の話をよく聴く。真剣に聴く。なぜそう言ったのかを考えながら・・・・その結果、コミュニケーションが良好になるということになるのだ。日本語だったら、適当に聴いていても何とかなるところだが、外国語なので相手のひと言たりとも疎かにしない姿勢で聴く。コミュニケーションが良くなるのは当然の結果なのかも知れない。

さて、そのフォンデュ鍋には、耳みたいなモノが付いていて、そこも加熱される。そこで、薄切りのハムだの野菜だのを焼いて添え物にして食べた。やっぱり、パンとチーズだけでは彼らは満足しない。耳のようなパーツで結構肉を焼いて食べていた(わたしもね)のを覚えている。

食後はBleigiessen(ブライギーセン:鉛流し)という遊びをした。これは、金属製の柄杓の曾孫みたいなモノに鉛の塊を入れて蝋燭の火で熱して溶かし、それを容器の水の中に注いで固まらせ、その形を見て次の1年の運勢を占うというもの。あんまり良い卦は出なかったが、(へえ、こういう占いもあるんだな)と思った。古代の日本では鹿の骨を焼いて投げて云々って占いがあったらしい。

その後、Mensch aergere dich nicht (メンシュ エルゲレ ディヒ ニヒト:怒ったらあかんで~(意訳)) というゲームをして遊んだ。4人で行う双六のようなモノだが、これが結構熱くなるのだ。

「これをやると性格が出るのよね」と奥さんが言った。やってみるとその通りだった。ドイツの家庭では、初めて自宅に招いた人とは必ずこのゲームをして、相手の性格を見極めてから深く付き合うのかどうかを決めるのではないか?という推測が私の心の中で生まれたが、真相を知るには至らなかった(爆)。が、そのご家庭には以後も何度か呼んで頂いたので、どうやら日本と日本人の名誉は守れたと思う。

その後は、知人の知人ご夫婦のお嬢さん(素朴&健康&明朗快活+キレイ)が、ギターを抱えてじゃんじゃか弾き語ってくれた。Alles was atmet, alles was lobt (すべての生きとし生けるもの、すべての生命を讃える者)っていう題名からすると、キリスト教的な出自の歌なのかも知れない。軽快で気持ちの良い歌だった。わたしも何か歌えと言われたので、日本代表「浜辺の歌」(ドイツでも有名!)と、ドイツ代表「Tannenbaum」(樅の木・・・・・当時から好きだったので&クリスマスだし)を歌った。

独りでひっそり過ごすはずのクリスマスが、知人ご夫婦の思いやりを得て、とても楽しい夕べになった。チーズフォンデュは、わたしにとっては、こんな想い出がまつわるラブリーな食べ物なのである。また作ろう♪

| | コメント (12)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »