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2006年9月26日 (火)

【Japanische Musik – 2】

Japanische Musik (ヤパーニッシェ・ムズィーク)(女):日本の音楽 ・・・・・ ここでも、Jポップなどは含まない、日本古来の伝統音楽の意で。最近、性格が粘着質になってきたのか、続き物が増えてきた(^^;)

日本民族の持っている音楽能力は捨てたものではないと思う。

確かに、宴会で酒が入ったりしたときの手拍子と言ったら、「1と、2と」の2ビートだったりするが、だからといって日本民族は遺伝的にリズム感覚が乏しいのではない。

長唄に「蜘蛛の拍子舞」という曲があるのだが、これなんかスゴイのだ。三味線もかなりの技巧を凝らしてあるが、とくに鳴り物がスゴイ。わたしが、日本の伝統音楽を聴いていて初めて魅せられた曲だったと思う。邦楽の鳴り物でよく使われるのが、大鼓と小鼓だ。大鼓がアタマ、小鼓が裏を打つというパターンが頻繁に出てくる。この掛け合いがすごかった。わたし自身は、腹鼓は打つが大鼓も小鼓も打たないのでなんとも専門的なことは言えないのが歯がゆいが、なんとも絢爛とした鳴り物なのだった。こういうリズムを駆使することのできる民族なのかぁ…と、実は感激していたのだ。

長唄がその隆盛を迎えたのは江戸の元禄の頃で、近世である。それまでの、日本の各種民族音楽の実践による蓄積の上に出来上がったものだと思う。これほど、絢爛とした音楽を楽しむことができたのに、なぜ和声が未発達で終わったのだろうか?

わたしは、あまり三味線の練習に没頭したわけではないが、記憶によると、三味線が弾く音と歌の旋律とは一致していないことが多い。西洋においては、グレゴリオ聖歌の旋律を定旋律として、それにオルガヌムと言われる対旋律(?)が付けられるのが、多声音楽の萌芽であったと書かれているのを読んだことがあるが、ちょうどその形態を思わせる。似た旋律なのだが微妙に形を変えながらついたり離れたりしている。異なった2つの(複数の)旋律の絡みという感覚がなかったわけではないと想像している。

また、民謡などの歌われている現場では、4度や5度といいった音程が発生していることもあると言う(出所不確実。記憶による)ので、このままそっとしておいてくれれば何かが生まれたかも知れない。でも、黒船と一緒に西洋の和声も我が国に押し寄せてきて、話が早くなった(?)のであった。

笙という楽器がある。東儀さんのお陰で結構ポピュラーになったかも知れない、雅楽器のひとつである。ハーモニーを奏でることのできる楽器だ。わたしは、この楽器に対して、禅寺から修行を終えて街に降りてきていきなり黒木瞳さんに出くわした中年男が胸に抱くであろうのと同じくらい、大きな興味を持っているのだが(表現が冗長になるのも時に意図的であることがあります)、残念ながら触ったことすらない。同じく、黒木瞳さんの手すら握ったことはない。それはともかく。

この楽器は雲の上で使われた。おそらく一般大衆がこれを手にして遊ぶことはなかったのではないかと思う。よしんば、使われることがあったにせよ、一種の「忌み」の意識が働いてこれを使って世俗的な音楽を奏でることができなかったのではないだろうか。でも、この楽器を大衆が気軽に使うことができたら、もっと違ったことになっていたかも知れないと思う。

一列横並びが好きな国民性が、音楽にも影響していたのだろうか?と思うこともある。人と同じ旋律でないと歌いたくない、とか?違ったものが共存すると言うことが「馴染まない」のかも知れない・・・・・

しかし、東洋人も可成り昔から12平均律を知っていたのだ。中国では南北朝の宋の何承天が447年ころに12平均律を算定したとされており、また、明代の人、朱載(しゆさいいく)1596年に算定していると言われる。日本でも1692年に中根元圭が算定しており、この中根が用いた方法は、《律原発揮》(1692)に書かれており、オクターブの12乗根を開いて求めるという今日の算定法と同じものであるそうだ。

音名も、二(D)音を基準に壱越(いちこつ)、断金(たんぎん)、平調(ひょうぢょう)、勝絶(しょうせつ)、下無(しもむ)、双調(そうぢょう)、鳧鐘(ふしょう)、黄鐘(おうしき)、鸞鏡(らんけい)、盤渉(ばんしき)、神仙(しんせん)、上無(かみむ)の12音がある。であるから、その気になれば半音階を聴くこともできたはずである。

日本古来の音楽が、例えば「木遣り」のようなものがポリフォニー的に演奏されるような形態にまで独自に発展していたら、そういう演奏形態が根付いていたら、どうだったのだろう?と想像するしかないのだが、誰かこれを、西洋のポリフォニーの発展の各段階にシンクロさせて、「もし」を再現させてくれないだろうか?などと考えたりするのである。

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【Japanische Musik - 1】

Japanische Musik (ヤパーニッシェ・ムズィーク)(女):日本の音楽 ・・・・・ ここでは、Jポップなどは含まない、日本古来の伝統音楽の意で。

国歌に関する日記の中で、日本の国歌の編曲についてひと言だけ書いた。その中に坊田寿真という人の名を挙げた。この人は「日本旋律と和声」という著書がある。

この人は、広島県熊野町出身の、昭和初期に活躍した童謡作曲家で、小学校の音楽教育に熱心で、器楽合奏を取り入れるなど当時としては進歩的な指導を行ったと言われている。参考サイト↓
http://tnguide.jp/hr/kumano/

坊田氏の他にも日本和声に関する著書はあるが、わたしが所有したのは坊田氏の著書だけだった。今でも実家のどこかに眠っているはずだ。

日本固有の音階は五音音階であると言われる。厳密に言うと、音階と旋法とは違う。旋法とは音階をさらに、主音の位置や音域などでさらに細分するものである。付け焼き刃の知識であるが、三分損益の法によって得られた五声を基本音階(五音音階)とし、その第1度に主音を置くものを呂旋法、第5度に主音を置くものを律旋法と言う。(汗)

日本には、このように西洋のそれとはまた違った音階と旋法があり、日本の音楽にはそれをもとに考案した和声を付けようという研究が斯界の片隅で行われていた。わたしはこれに興味を持って、学生時代に前述の坊田寿真氏の著書を購入して一応読了した。遠い昔のことである(笑)。

当時、グリークラブに在籍していて、ウィリアム・バードやジョスカン・デ・プレという作曲者の作品なども歌えば、ご存知(?)多田武彦氏の諸作品にも親しみ、そして間宮芳生氏などの作品なども歌った。そんな中で、西洋音楽にはない和声付けをしている曲(部分)などにも出逢った。

また、グリークラブで歌う傍ら、父に勧められて左門会のお師匠さんのところで三味線を習っていたこともあり、日本的な音の響きにも関心があったのである。

で、日本の音楽に西洋音楽の和声付けをするということに、少々抵抗があったのだった。NHKを最後まで観ていると、君が代が流れるが、あの和声は西洋のものだ。それはそれで美しい響きなのだが、どこか釈然としないものを感じていた。

ただ、当時は男性合唱の方に傾倒していた、すなわち西洋の和声にどっぷり浸っていたころであり、しかもその楽しみに目覚めたばかりであったので、日本の音階を基準にした和声は、どことなく空虚な感じがして(失礼)、結局日本和声というものに深く傾いていくことはなかった。勿体なかったかも知れない。

わたしは、今も某混声合唱団に所属しており、今年はロ短調ミサ全曲演奏に挑戦するなど、西洋から発した豊かな和声の恩恵にあずかっている。基本的にそっちのシンパである。しかし、その西洋の音楽も、中世頃まではそれほど豊かな響きの音楽ではなかったようだ。単旋律のグレゴリオ聖歌から始まり、それを定旋律とした多声音楽の萌芽が見られるのが、9世紀頃のことらしい。それから中世中期末期を経てルネサンス期の音楽は、現代のわれわれが聴いても十分に豊かな和声付けがなされていると思う。現代から見て1000年昔というのは、多分大昔なのだろうが、そんなにすごい大昔ではないような気がする。

何が言いたいかというと、西洋では音楽の多声化がゆっくりとした時間の流れの中で、(あるいは長期にわたって)進められ根付いていったということ。日本和声の考案は大いに興味深いことなのだけれど、確固とした和声体系のない音楽にいきなり完成した形(?)の和声を付けるのは、要するに西洋和声の応用と言えなくもない気がする。あるいは、これはまさしく「考案」であって、「発生」ではないと言っても良いかも知れない。もし、日本民族の手で、西洋におけるそれのようにゆっくりと実践を繰り返しながら多声部の音楽が根付いていったら、どんな音楽ができていたのだろう?そう、1000年前の状態は、声部という点ではそれほど大きな差はなかったのだから、もしまかり間違っていたらどういうことになっていたんだろう?と、妄想が湧き起こるのである。(続く予定)

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2006年9月23日 (土)

【Nationalhymne – USA】

Nationalhymne – USA (ナツィオナルヒュムネ ウーエスアー):国歌 アメリカ ・・・・・ オリンピックや映画でよく流れるので、この曲の最初の数小節は多くの人が知っていると思う。まあ、新しい国家であるアメリカであるから、ヨーロッパの先輩諸国に倣って国歌を制定したんだろうと思っていたが、調べてみると面白いいきさつがあったことがわかった。調べてみるもんだ。

ウィキペディアによると、アメリカの国歌「星条旗(英語:The Star-Spangled Banner)」の歌詞は、1814年に当時35歳の詩人・弁護士のフランシス・スコット・キーによって書かれたという。

1812年に始まった米英戦争のさなか、ボルチモア(メリーランド州)のマクヘンリー砦での事。フランシス・スコット・キーの友人が捕虜として捕えられ、その釈放交渉のために彼は英国の戦艦に乗り込んだ。交渉の結果、英国側の司令官は、キーとその友人を解放することに同意したが、機密保持のため、英国艦隊が砦を砲撃する間、2人は戦艦内で抑留された。激しい夜間砲撃の後、夜明けを迎えたキーらは、砦の上に星条旗(その当時は星15個、縞15本)がはためいているのを目にする。砦は落ちなかったのだった。

キーはこの体験を元に、「マクヘンリー砦の防衛」という詩を書いた。この詩は後に、当時人気のあった「天国のアナクレオンへ」という戯れ歌のメロディに合わせて歌われるようになった。ただし、この「天国のアナクレオンへ」の作曲者は、ジョン・スタッフォード・スミスである。彼は、英国人だ。作曲されたのは1780年で、英米で人気を得たという。アナクレオンは古代ギリシアの詩人で、恋愛や酒を題材にした、耽美的な傾向の詩を書いた。同じメロディが、ルクセンブルクの国歌にも使われたことがあるそうだ。

193133日、英国人スミスのメロディーにキーの詞を乗せた「星条旗」はアメリカ合衆国の国歌に採用されたという。

わたしはてっきり、アメリカの国威掲揚のために、始めから国歌として意図的に作られたのだと思っていた。寡聞と言うほかない。米英戦争(最終的にアメリカの勝利に終わった)の奮戦を題材にした詞を、敢えて(?)かどうかわからないが、メイド・イン・敵国のメロディーに乗せて歌うというのは、皮肉というか、欧米社会特有の「ひねり(?)」を感じる。英国製のメロディーにこの詞を乗せて歌う時、当時のアメリカ国民は戦勝を思って心中快哉を叫んでいたのだろうか?

↓このページでそのモト歌「天国のアナクレオンへ(Anacreon in Heaven)」の演奏が聴ける。

http://www.oakashthorn.com/cgi-bin/Audio.cgi

また、ルクセンブルクでも一時このメロディーが使われていたというのも驚きだ。わたしなどは、国歌たるもの借り物ではダメだろー?と思うのだが、このほかにもドイツ国歌のメロディーを転用していた国は複数あるし、今でもリヒテンシュタインは英国国歌のメロディーを使用している。この辺、欧米諸国の人たちは、どうも屈託がないらしい。メロディーの出自はあまり問題にされないようだ。むしろ、その詞に国歌の本質的なものを求めるということなのだろうか?

また、このアメリカの国歌は、まず一般レベルで広まったもので、それを後に国歌として制定したとある。なるほど。「国歌を作るぞー」、とピキピキして出来上がった曲ではないのだ。先に、民衆の間に浸透していたのだ。この方が、国歌のあるべき姿に近いような気がする(「あるべき姿」などないのかも知れないが)。

また、アメリカやイギリスには、国歌とは別に愛国歌というものがある。大学にも学歌の他に学生歌が複数存在するのと似ている?アメリカの愛国歌はGod Bless AmericaAmerica the BeautifulThe Battle Hymn of the Republic3曲。最後のは「レパブリック讃歌」である。わたしはこの2曲目のAmerica the Beautifulが結構好きだ。ロジェー・ワーグナー合唱団の演奏で聴いたのが最初で、あとは、シナトラのCDを買ったらそこでシナトラが歌っていたりした。

こういう歌が日本にあっても良いなと思う。愛国歌という呼び方には抵抗があるかも知れないが、呼び名などどうでも。わたし個人的には、あの「兎追いしかの山~」の「故郷」など、良いんじゃないかと思ったりする。

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2006年9月21日 (木)

【Nationalhymne - Deutschland】

Nationalhymne - Deutschland (ナツィオナルヒュムネ ドイッチュラント):国歌 ドイツ ・・・・・ 先回の日記の続編。ドイツの国歌についてのいろいろ。

ドイツの国歌。私見では、音楽的に素晴らしいと思う。作曲者がかのハイドンであるし、しょーもないいちゃもんはつけない方が良い(笑)。いや、実際、聴いていて気持ちの良い楽曲であることは確か。

ウィキペディアによると、これは、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1797年に神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世に捧げた「神よ、皇帝フランツを守り給え」のメロディーに、1841年にアウグスト・ハインリヒ・ホフマン・フォン・ファラースレーベンが詩を付けたものである、と言うことだ。ハイドンの弦楽四重奏曲「皇帝」の第2楽章変奏曲の主題として有名であり、それとは知らずに聴いている人も多いのではないかと思う。同じメロディーは、フランツ2世の出身であるハプスブルク家が統治していたオーストリア・ハンガリー帝国でも使用されていた。また、一時ポーランドの国歌のメロディーにも使われ、賛美歌のメロディーとしても使われていた(日本基督教団賛美歌194番)と言う。わたしは、個人的には「国歌」たるもの、その国の登録商標のようなもので、あちこちに流用されるなんてことがあると言うイメージは持っていなかったのだが、そうでもないと歴史的事実は告げている。ちなみに、今でもリヒテンシュタインの国歌はイギリスの国歌と同じメロディーを使用している。

さて、ドイツの国歌で特徴的なのは、歌詞の扱いである。

もともとは、いくつもの君主国に分かれていた(神聖でもなければ、ローマでもなく、帝国でもないと言われていた)神聖ローマ帝国の諸国を統一しようと言う願いが込められた歌詞だったそうだ。それが、Deutschlad, Deutschland über allesallesの意味するところだったそうだが、このallesは「世界」のことであると思われるようになり、ナチス時代はこの歌詞のみが正式な国歌として採用されていた。「世界に冠たるドイツ」と訳されている。

大戦後、この歌詞は正式なものとして認められないようになり、変わって従来の3番が現在の正式な国歌の歌詞となった。いわゆる、Einigkeit und Recht und Freiheitの歌詞である。ドイツ国歌の歌詞は戦争を経て変わったのである。しかし、まったく別の歌にしろというような干渉はされなかったか、されても受け容れなかったのか、ハイドン作曲のメロディーはそのまま残った。わたしはこの話を聞いて、「日本の君が代に23番があったらどういうことになっていただろうか?」と想像したりするのである。実際には、三十一文字しかなかったので無傷でそのまま残っているが・・・・・

君が代については議論百出だ。思うことはいろいろあるが、ここでその手の議論をするつもりはないので音楽的なことだけ言うなら、この旋法で書かれた旋律はとてもユニークであり、これは「日本の」国歌であると他国の人に言えると思う。日本固有の旋法があるのだから、国歌がそれで書かれているというのは、わたしとしては嬉しい。ただし、これをオーケストラで演奏する際に付けられている和声は西洋音楽のものである。これは編曲者が外国人(名前が現時点で不明)であるので当然そうなるのだが、日本の旋法に西洋音楽の和声付けをしているので、曲の冒頭と終わりには和声が付けられないでユニゾンになっている。純国産ではないのである。う~ん (-.-;) いや、実は日本旋法にあった和声を体系づける研究をした人はいるのである。坊田寿真という人である。これについては、別の機会に書いてみたい。

現代に花開く調性音楽の発展の重要な舞台となったドイツの国歌が、ハイドンの手による調性音楽であると言うのは正しいとわたしは思う。本家である。

もちろん、世界中にはその民族独自の音楽素材に撚らない国歌を持つ国も多数あると思われる。それを良くなというつもりは全くないので・・・・・(^^)

世界の主要な国歌が聴けるサイト

http://www.worldfolksong.com/anthem/index.html

さて、ドイツは一時東西に分断されていた。いまはなくなった東ドイツにも当然国歌があった。オリンピックなどでは何度も演奏されていたはずだがわたしには記憶がない。そこで、レクラムの文庫本で音符を拾ってみたらなかなかいい曲だと思う。以下のURLでそのMidiが聴ける:

http://www.medianetjapan.com/10/travel/vladimir/russian_house/ddr.html

この編曲、わたしにはちょっと気に入らない。もっと品良く編曲できると思うのだが・・・・・

国歌とは、国民皆が歌えるものでなければならないであろうから、平易であることは不可欠であると思う。しかし、音楽的にも良いものであって欲しい。この旧東ドイツの国歌、政治的な話は別にして、良くできた歌ではないかと思う。ただ、何度も言うがこのMidiの編曲は気に入らない。公式の場でも、この編曲だったのだろうか?な~んか、いじりすぎ。もっと、素直な真っ直ぐな編曲の仕方があると思うのに・・・・・

ドイツ国歌について詳しいのはここ

http://www.onyx.dti.ne.jp/~sissi/episode-26.htm

あまり大したことがかけなかった orz

次回はアメリカで行きます♪

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【Nationalhymne】

Nationalhymne(ナツィオナルヒュムネ)(女):国歌 ・・・・・ ドイツ語に馴染みのない方もいらっしゃるので、ここでは敢えてカタカナで読み振ってますが、このHymneの「y(イプシロン)」って言うのはカタカナで書けない音です。テキトーですからね、テキトー (^^;)

ドイツにはレクラム文庫というものがある。黄色い装丁の廉価版の書籍で、在独時はたびたびお世話になった。そのシリーズに「世界の国歌」というのがあった。文庫と言えば読み物で、ページを開けば文字がぎっしり書いているのが普通だが、これは楽譜だ。五線にオタマジャクシが書いてある。面白そうだと思い、これを購入して折に触れては世界の国歌を読んで(譜読み)、「へえ、この国の国歌はこんなだったんだ!」と新しい発見をして楽しんでいた。地図や時刻表を見て旅行気分に浸るのと少し似ているかも知れない。

当時はドイツに住んでいたわけであるから、ドイツの国歌のページには真っ先に目を通した。まだ、東西に分裂していた時代である。旧東独(DDR)の国歌も収録されていた。オリンピックで何度も聴いているはずだが記憶にない。しかし、音符を拾っていると結構いい曲だなと思わされた。単純平易な旋律だが、それだけ編曲で味が出せそうな曲だった。

格好いいのはカナダの国歌。これは、中学生の頃クラスで話題になっていた。

単純平易と言えば筆頭クラスにくるのがイギリスの国歌。これと同じメロディーに違う歌詞を付けて、アルプスの真珠(?)リヒテンシュタインが使っているのを知っている人は少ないだろう。

メロディーが愛らしいのはポーランド。ポーランドの国歌も、昔は、今のドイツ国歌と同じメロディーに違う歌詞だったそうだ。へぇえ~。

旧ソビエト連邦の国歌は、メロディーは今でもロシアに引き継がれている。最初の8小節が印象的。この、ドド、レーレミ、ファーファソ、ラーシド、レーと言う上昇音階では、筋肉もりもりの体操選手みたいなのが、すいっ、ずいっ、ずいいっ、と迫ってくるような感じがする。

そう言えば、これは「国歌集」なのに、巻末に「インターナショナル」が収録されていてのけぞった。レクラムって黄色いんだけど、もしかして赤いのかな?いや、しかし、インターナショナルのメロディーは好きだ。

アメリカの国歌は、お馴染み。あ、そこにいたの?って感じであった。韓国の国歌、シンガポールの国歌が収録されていなかったのは何故だろうか?

マレーシアの国歌は、いかにも南国を思わせるメロディーだ。ハワイアンっぽい感じである。

オランダの国歌は、ちょっと記憶が不確かなのだが、変拍子なのが珍しい。おそらく、言葉に逆らわずに付曲したのではないだろうか。

珍しいと言えば、短調の国歌。ブルガリア、ルーマニア、トルコそしてイスラエルなど。ケニアの国歌も短調と言って良いかも知れないが、民族音階を使用しているような感じで、「短調」と言って良いのかどうか良くわからない。イスラエルの国歌は、チェコのあたりの民謡から取ったそうで、同じものをソースにしてスメタナがモルダウを書いたと書かれていたような記憶がある。確かに、曲想はそっくりだ。

短い国歌と言えば、既出のイギリス国歌の他、ヨルダンとわが日本の国歌がある。ヨルダンの国歌は、どことなく中東を連想させる。中東の国だと意識して聴くからかも知れないが、きっと古い民謡から取られているのだと思う。ゆったりとした、中東の王宮の中で流れていたらすごくマッチしそうなメロディーだ。

国歌には、多くのストーリーがまつわるものだ。ひとつの曲を「国の歌」にすると言っても、人それぞれ好みも違うし、その成立の過程に対して異議のある人もいるだろうから、周辺部分を論じ始めるときりがない。国が滅びればその国歌も歌われることはなくなる(事実は「そうでもないぞ」、と言っているが)。長い間生き残ってきた国歌は、その代償に多くの国歌を葬ってきたのかも知れない。国歌とは政治、国や民族の興亡、栄枯盛衰と不即不離の関係にある。歴史を聴くようなものかも知れない。それ故面白い、と言ったら不謹慎だろうか?

ひとつの国の国歌に関心を寄せ、聴いたり調べたりしているうちに、その国や民族に関する広範な「目からウロコの新しい情報」が得られるのではないかな?と思っている。次回の日記では、ドイツの国歌について調べたことや思うことなど書いてみようと思う。

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2006年9月17日 (日)

【Was essen Sie gern?】

Was essen Sie gern? (ヴァス エッセン ズィー ゲァン?) (文):お好きな食べ物は? ・・・・・ 付き合いの浅い人とのオハナシでは、これは結構使える話題だと思う。王監督のように胃の全摘手術を受けた人や食餌療法中の人などには酷な話題かも知れないが、身体に異常がない場合、大抵の人は相好崩して語り始めてくれたりする♪

何かのテーマに特化しない「つぶやき系」のブログなどを訪問すると、食べ物の話題が多い。大抵は写真付きで、各々の「美味しい」が熱く語られているのがほほえましい。食べずに生きていくことは出来ないからね。「不食」なんていう概念もあるけど、あれだって断食ではないわけで、これも裏を返せばひとつの「食べること」へのこだわりと言って良いのではないかと思う。

「お好きな食べ物は?」ときかれてどう答えるか、にも個々人のその時の状態が反映されていると思う。ドイツに住んでいた頃は、やはりドイツの食べ物がその答だった。例えば、シュニッツェルとか、ザウアークラウトとか、ソーセージ、フライシュケーゼ、クルミを使ったもの、乳製品各種 usw ・・・・・ 土地のものを食べるのがいちばん、とはよく言われることだ。安くて、美味しい♪
ドイツで調達した日本食品も、落涙するほどの感激があるが(値段の方も落涙しそうだが)、美味しいとなると・・・・・一種独特の美味しさはあるけれど、やはり本国で豊富な選択肢から選んで食べる方が美味しいだろうと今は思う。
各人の、「その時いちばん好きなもの」は刻々変化すると思うが、これが結構「そんなものが?」というようなものだったりする。ん~む、今日の前振りはもうひとつ・・・・・

実を言うと、わたしは昔小学校1年生だったことがある。1年間だけだったが、なかなかエキサイティングな1年だった。
わたしの父は小学校の教師で、わたしが1年生の時は同じ学校に通った。2年生になるときに父は転任していったが、1年生の時は職員室は家の居間と同じようなものであった。息子のそのような在り方を見て父は転任していったのだろうと今になって思ったりする。

さて、確か小学校に入って初めての授業参観日でのことだった。
母は、○○先生の奥様として(ではないのだが、結局周囲はそう見る)、結構緊張して参観日に来たらしい。その授業中に、わが担任の若い女の先生が、教室の40数名の児童に対して、表題の件をご質問遊ばしたのであった:「みんなの好きな食べ物はなんですか?」・・・・・って、これ一体何の授業やったんかな?

皆、元気よく手を挙げて口々に好きな食べ物を告白し始めた。今のご時世では、こう言うときに「舌平目のムニエル」とか、「大トロ、回ってないやつだよ~」とかこましゃくれたことをぬかすガキもいるらしいが、当時のガキはみんな素朴であった。
「卵焼き!」、「カレー!」、「おにぎり!」、「きつねうどん!」・・・・・ その日の朝、母から『しょーもないことしたらあかんで!』と、釘を刺されていたわたしであったが、人生経験乏しかったせいか、しょーもないこととは何か、よくわかっていなかったらしい、今思うと。

わたしも元気よく手を挙げた。
「はい、樅の木くん!」
先生の指名を得て、わたしは自分の好きなものを言った。

「天かす!」

ウケたらしい。職員室で。(もしかして、父の転任の理由は・・・・・)

小学校1年生で天かすの美味さがわかるというのは、なかなかのものだと思うのだが。あの時、周囲がわたしの資質に関して思いを致してくれていたなら、わたしは今ごろどこかでカリスマ料理人になっていたかも知れない(うそ)。
それはともかく、母は「顔から火が出た」と言っていた。
「なんで~?天かす美味しいやんか~?」と、わたしは不満であった。

いま、「好きな食べ物は何?」ときかれたら、なんと答えようか?

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2006年9月15日 (金)

【Abkürzung】

Abkürzung (アプキュルツング) ():略語 ・・・・・ 表音文字であるアルファベートを使用する国々では必須のアイテム。しかし、日本語でもさまざまな略語が使われている。人間というものは、長いものを見ると短くしたくなるのかも知れない。Abkürzung を略記すると、Abk. になる。

仕事でビジネス関係の文書を翻訳すると、必ず何カ所か略語で悩まされる。

一般的に広く流布しているものなら構わないが、その組織内だけで通用しているものなど、外部の人間である翻訳者には、一見して見当のつかないことが多い。
そう言うものでも、文章をずっと読んでいくと何を指しているのかがわかってくるので、見当のつかないうちは、略語のまま訳文中に保留しておいたりする。ただ、Tradosなどで作業している場合は、分節は単に「閉じる」だけにしておかないといけない。「登録して閉じ」てしまうと、不完全な訳文がメモリに入ってしまうので、後々の作業で好ましくないことにもなるので注意が必要だ。

自動車関係はカタカナが多い。したがって略語もよく使われる。自動車関係の仕事をやり始めの頃は、「コンロッド」と「コネクティング・ロッド」の違いは何か?などと見当違いの苦労をしていたことを思ひ出す。他にも、インマニ、エクマニ、トルコン等々、日本のメカニック言葉として定着している様子。今ではそれを、長い部品名などの略語登録に利用している。

リモコンとか、エアコンなどのもとの言葉を日常会話で使うことは殆どない。こんなのは日本でしか通じないだろうと思っていたら、シンガポールのエアコン付きバスには「Air Con」と表示されていた。これはもしかしたら日本から逆輸入されたコトバではないのか?と思うのだが・・・・・それにしても、あのクソ暑いシンガポールでエアコンなしのバスがぶんぶん走っていたのには驚きだった。

略語は日常生活の細部にまで入って来ている。自分の家だけで通用する略語、自分しか使わない略語(My 略語)というものもあるだろう。
樅の木の場合:

l         インタコ ・・・・・ インスタント・コーヒー。体に良くないと言う人もいるし、美味しくないと言う人もいるが、仕事中、睡魔防止のためにちゃっちゃっと作って飲むのに便利。最近のインタコは昔よりも格段に美味しくなったと思うのだが…

l         インタラ ・・・・・ インスタント・ラーメン。いろんなものが出ているが、わたしにとってインタラとはチキンラーメンのことを指す。

l         トイペ ・・・・・・ トイレット・ペーパー。時々、便所紙と言いたくなる。

l         なまつけほ ・・・ 「名前を付けて保存」

l         ヤドスキー ・・・・ ロシア人の名前ではない。「宿スキー?」違う!「ヤドカリ好き?」かなり近い!正解は「やっぱりドイツ語が好き♪」ありちゅんさんのブログであります。「あ、寝る前にヤドスキー見とこか」などと言うように使用する。(別称:ありブロ)

l         なすホー ・・・・・ なすびさんのHP

l         ド辞 ・・・・・ ドイツ語の辞書全般を指す。ここから「イン辞」、「フラ辞」、「ポ辞」、「イタ辞」などの略語が生まれてくるのは当然すぎることである。

l         ろたみ ・・・・・ 居酒屋の名前ではない。「ロ短調ミサ」のこと。Bachさんスミマセン。

l         げぶろ ・・・・・ http://kalauer.cocolog-nifty.com/ わたしはもともとMixistだったので、ココログは「外部ブログ」であった。そのため、「外ブロ」→「げぶろ」となり、げぶろと入力して変換キーを押すと自分のURLが出るようにした。多分、ブログ持ちの人は似たようなことをやっているのだろうと・・・・・?

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2006年9月12日 (火)

【HNO (Hals-Nasen-Ohren) -Arzt】

HNO 〔Hals-Nasen-Ohren〕 Arzt (ハー・エヌ・オー 〔ハルス・ナーゼン・オーレン〕 アルツト) (男):耳鼻咽喉科 (医) ・・・・・ ドイツ語の語順なら、喉鼻耳科、すなわち咽喉鼻耳科。日本語と順番が逆。

今日は、上手い具合に仕事の切れ目になったので、昨日の日記に書いたように耳鼻咽喉科に喉を診てもらいに行った。

訪れたのは、月島にある声楽科御用達の○○耳鼻咽喉科である。近郊でも同じように診てくれる医院はあると思うけれど、自分の喉、大切な楽器であるので、遠くても太鼓判付きの医院がよいと考えて、江戸へ上った。
JRで江戸駅まで出て、駅前から晴海埠頭行きの都バスに乗って行った。確か、何年か前の東京国際ブックフェアに行くのに江戸駅前からバスに乗った記憶があったが、それが役立った。目指す医院はバス停のすぐ前にあった。ものごとがうまく回転している感じで気分良くドアを開けた。

この医院は評判の良いところで、先生は済生会病院と自宅と二本立てで診療しておられるそうだ。13時から受け付けで、診療開始は14時30分から。待ち時間の間に食事を済ませた。待っていると、(あ、この人?)と思う人が何人か。受付でのやり取りから、「あ、お歌の方ですね」という受け答えが聞こえる。受ける側も手慣れたものという感じがして安心感が増した。

早めに受付を済ませたので、あまり待つこともなく呼ばれて診察室に入った。先生の風貌は、イメージ通りの方で、またしても安心感が増した。症状を告げ、早速喉を診てもらった。器具は鼻からではなく、口から入れた。細いピストル型の器具。不織布のようなものを舌に巻かれ、「自分(舌を)で押さえていて下さい」と言われた。ちょっと、「おえっ」となったが、器具を突っ込まれた状態でファルセットで声を出した。
そして、器具が抜かれ後ろを振り返るとわたしの声帯の映像がモニターに映っている。診察が終わる頃にはプリントアウトして「お土産」に持たせてくれた。診察後、吸引スペースで吸引をして、処方箋を頂いて医院を辞した。

頂いた声帯の写真をアップ♪
Stimmbaender 上の画像は、「息を吸っているところ」。なんだか口みたいだ。

下の画像は、「ファルセットで声を出しているところ」。ちゃんと閉じてるのかな?とにかく「おえっ」となりながらなので、ろくな声が出ていないはずだが・・・・・

先生の仰るには、「何も出来ていないから、歌っても差し支えないでしょう」と言うことでひとまず安心。「タバコ止めなさい」ですと。イワレルトオモッタヨ・・・・・

ファルセットの最高音が実声の最高音と大差ないことの原因はわからないのだが、取りあえず『何かが出来ていてファルセットになると声帯が閉じないのでは?』という素人の心配は取り除かれた。
『声帯に何かできてるかどうかを判断するのには、任意の音程をファルセットで出し、クレッシェンドして、ディミニエンドする。ファルセットのppでおとがぷつぷつ途切れたり、揺らいだりしなければ心配はない』と教えて頂いた。

声が出にくくなったのは、むしろ練習不足から来ているのかも?とか思ったりもする。(もしや?)と考え出したら、なおさら声を出すのが怖くなっていたのだが、取りあえず何ともないようなので、無理は禁物だけれど、もっと声を出そうと思う。結節やポリープなどが出来ていたら、休ませることが基本のようだが。
そう言えばクルマのエンジンも同じだ。エンジンは妙にいたわって回転数を上げないで居ると、帰って具合が悪くなる。4000 rpm とかの高い回転数でしばらく動かすと言うことをすると、エンジンの煤が落ちてエンジンが機嫌良く動いてくれるようになるのだ(本当です)。

まずは、異常なしと言うことでめでたしめでたし♪♪♪

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