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2006年9月26日 (火)

【Japanische Musik – 2】

Japanische Musik (ヤパーニッシェ・ムズィーク)(女):日本の音楽 ・・・・・ ここでも、Jポップなどは含まない、日本古来の伝統音楽の意で。最近、性格が粘着質になってきたのか、続き物が増えてきた(^^;)

日本民族の持っている音楽能力は捨てたものではないと思う。

確かに、宴会で酒が入ったりしたときの手拍子と言ったら、「1と、2と」の2ビートだったりするが、だからといって日本民族は遺伝的にリズム感覚が乏しいのではない。

長唄に「蜘蛛の拍子舞」という曲があるのだが、これなんかスゴイのだ。三味線もかなりの技巧を凝らしてあるが、とくに鳴り物がスゴイ。わたしが、日本の伝統音楽を聴いていて初めて魅せられた曲だったと思う。邦楽の鳴り物でよく使われるのが、大鼓と小鼓だ。大鼓がアタマ、小鼓が裏を打つというパターンが頻繁に出てくる。この掛け合いがすごかった。わたし自身は、腹鼓は打つが大鼓も小鼓も打たないのでなんとも専門的なことは言えないのが歯がゆいが、なんとも絢爛とした鳴り物なのだった。こういうリズムを駆使することのできる民族なのかぁ…と、実は感激していたのだ。

長唄がその隆盛を迎えたのは江戸の元禄の頃で、近世である。それまでの、日本の各種民族音楽の実践による蓄積の上に出来上がったものだと思う。これほど、絢爛とした音楽を楽しむことができたのに、なぜ和声が未発達で終わったのだろうか?

わたしは、あまり三味線の練習に没頭したわけではないが、記憶によると、三味線が弾く音と歌の旋律とは一致していないことが多い。西洋においては、グレゴリオ聖歌の旋律を定旋律として、それにオルガヌムと言われる対旋律(?)が付けられるのが、多声音楽の萌芽であったと書かれているのを読んだことがあるが、ちょうどその形態を思わせる。似た旋律なのだが微妙に形を変えながらついたり離れたりしている。異なった2つの(複数の)旋律の絡みという感覚がなかったわけではないと想像している。

また、民謡などの歌われている現場では、4度や5度といいった音程が発生していることもあると言う(出所不確実。記憶による)ので、このままそっとしておいてくれれば何かが生まれたかも知れない。でも、黒船と一緒に西洋の和声も我が国に押し寄せてきて、話が早くなった(?)のであった。

笙という楽器がある。東儀さんのお陰で結構ポピュラーになったかも知れない、雅楽器のひとつである。ハーモニーを奏でることのできる楽器だ。わたしは、この楽器に対して、禅寺から修行を終えて街に降りてきていきなり黒木瞳さんに出くわした中年男が胸に抱くであろうのと同じくらい、大きな興味を持っているのだが(表現が冗長になるのも時に意図的であることがあります)、残念ながら触ったことすらない。同じく、黒木瞳さんの手すら握ったことはない。それはともかく。

この楽器は雲の上で使われた。おそらく一般大衆がこれを手にして遊ぶことはなかったのではないかと思う。よしんば、使われることがあったにせよ、一種の「忌み」の意識が働いてこれを使って世俗的な音楽を奏でることができなかったのではないだろうか。でも、この楽器を大衆が気軽に使うことができたら、もっと違ったことになっていたかも知れないと思う。

一列横並びが好きな国民性が、音楽にも影響していたのだろうか?と思うこともある。人と同じ旋律でないと歌いたくない、とか?違ったものが共存すると言うことが「馴染まない」のかも知れない・・・・・

しかし、東洋人も可成り昔から12平均律を知っていたのだ。中国では南北朝の宋の何承天が447年ころに12平均律を算定したとされており、また、明代の人、朱載(しゆさいいく)1596年に算定していると言われる。日本でも1692年に中根元圭が算定しており、この中根が用いた方法は、《律原発揮》(1692)に書かれており、オクターブの12乗根を開いて求めるという今日の算定法と同じものであるそうだ。

音名も、二(D)音を基準に壱越(いちこつ)、断金(たんぎん)、平調(ひょうぢょう)、勝絶(しょうせつ)、下無(しもむ)、双調(そうぢょう)、鳧鐘(ふしょう)、黄鐘(おうしき)、鸞鏡(らんけい)、盤渉(ばんしき)、神仙(しんせん)、上無(かみむ)の12音がある。であるから、その気になれば半音階を聴くこともできたはずである。

日本古来の音楽が、例えば「木遣り」のようなものがポリフォニー的に演奏されるような形態にまで独自に発展していたら、そういう演奏形態が根付いていたら、どうだったのだろう?と想像するしかないのだが、誰かこれを、西洋のポリフォニーの発展の各段階にシンクロさせて、「もし」を再現させてくれないだろうか?などと考えたりするのである。

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コメント

長唄は高校生の頃に習ったことがあります(前にお話ししたかも・・)。「黒髪」とか「末広がり」とかを習いました。
日本の音階、好きです。微妙にずりあげるような歌い方や、曲の終わりに音程を上下させるように歌うところとかも好きです・・・。
先日、フランス・バロック音楽のコンサートに行って、ソロ曲の歌い方の中に、長唄と似たような部分を見つけてワクワクしました。グレゴリオ聖歌もどこか懐かしい感じがする時がありますし・・。

日本民族の持っている音楽能力はもちろん、捨てたもんじゃないと私も思います。ポリフォニー的に演奏するような場面が少なかったから、あまりその方面が発展しなかったのかしら・・・?日本では、教会でみんなで歌うというような機会があまりなかったからかしら・・?

「もし」を再現したらホントにどんな感じなのでしょうね?考えると楽しいです。長唄の好きな私は同時にバッハも好きだから、長唄がバッハ風になってたら面白いかも・・・。

投稿: かっ♪ぱ | 2006年9月26日 (火) 22時47分

かっ♪ぱさん♪

長唄は、多分、日本人の喉に合っていると思いますよ。結構、フィーリングを血でわかっている自分を見つけて狼狽えたりするのです。

日本の旋律によるポリフォニー、きっと沢山の現代の作曲家が挑戦していると思いますが、わたしはそういう音楽が、実際に邦楽の演奏家の手で演奏されるのが聴きたいです。

投稿: 樅の木 | 2006年9月27日 (水) 00時26分

純正律研究会の玉木宏樹さんというヴァイオリニストが、純正に調弦したお琴など和楽器との演奏をやっているようです。編曲は玉木さんですが、演奏は和楽器を扱う邦楽演奏家です。私はまだ聴いたことがないのですが、すごく興味は持っていて、そのうち演奏会に行ってみたいと思っています。

投稿: かっ♪ぱ | 2006年9月27日 (水) 08時43分

かっ♪ぱさん

純正律の和楽器ですか~?
どんなでしょうね。

日本の既存の民謡なりを、ポリフォニー的に編曲したものを、邦楽歌手の方に合わせて貰った演奏など、どこかで聴けないかとか思うんですが・・・・・自分で書けとか言われそう・・???

投稿: 樅の木 | 2006年9月28日 (木) 00時12分

★おどろき様

タ、タイトルが変わってる・・。思わずのけぞってしまいました、可笑しくて。どうしてそんなに女形…じゃなかった、美形なのに面白いんですか?

投稿: ありちゅん | 2006年9月30日 (土) 00時24分

ありちゅんさん♪

そうですか?そんなに可笑しいかなぁ?
前作を超えられなかったと思っていたのですが♪

投稿: 樅の木 | 2006年9月30日 (土) 01時08分

新タイトルもいいなあ。
僕のところからリンクさせていただいているんですが、こりゃ自動的にタイトルを取得してリンクを書き換えるコードでも考えないといけませんね。;-) それくらい、探してみれば誰かがとっくに書いてくれていそうかな。 

宴会手拍子は、あれは「1と1と」だと、僕は思っています。日本では、古くからある打楽器の豊かなリズムは、どうも歌にはまるで結びついてない、別物みたいに見えます。なぜだろう。

投稿: takuya | 2006年9月30日 (土) 21時28分

takuyaさん♪

>自動的にタイトルを取得してリンクを書き換えるコード

そんな便利なものつくれるのですか?でしたら、そうして頂いた方が・・・ブログのタイトルは気分次第でばんばん買えますから (^^;)

>宴会手拍子は、あれは「1と1と」だと、

なるほど、そうかも知れませんね(笑)。リズムの面がすごく発達しているのに、和声的な部分とかが未発達というのと、かぶりそうな?歌で面倒くさいことしたくなかったのか?謎ですね。

投稿: 樅の木 | 2006年10月 1日 (日) 00時04分

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