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2006年10月 1日 (日)

【Einmaligkeit】

Einmaligkeit (アインマーリヒカイト)(女):一度限りであること、比類のなさ。形容詞はeinmalig (アインマーリヒ) ・・・・・ きょう一日の体験を通して、最後に浮かんできた言葉はこれでした。きょうは、いろんなEinmaligkeitを体験しました。

Photo 春先から、今日のためにずっと練習していた。今日は、東京混声合唱団(略して東混)の常陸太田公演で、わたしはその第4ステージにオンステさせてもらえる機会を得た。いやホンマ、参加させて頂いて良かった。

東京混声合唱団は、日本一のプロの合唱団である。東混よりも上手い演奏をする可能性のある団体はもちろんあるだろうが、実力に加えて、その歴史と日本および世界の合唱界に対して積み上げ功績を考慮するなら、間違いなく日本一だろうとわたしは思う。

東京混声合唱団は、現在、桂冠指揮者であるマエストロ田中信昭先生が、芸大を出てすぐに結成されて、以来今年で創立50周年だという。田中先生は、今でもお元気で、きょうも4つのステージすべて指揮されて、しかもマイク片手に解説などもされた。50年の積み重ねというのは、大変なものだと思う。わたしなんか、まだ人間すら50年やっていないのだから。田中先生が50年間プロとして取り組んでこられた果実に触れることができただけで、比類ない体験といって良い。Einmaligkeit である。そして、プロの合唱団と共演できたこと。同じステージ上に並んで同じ時同じ空間で音楽を作れたこと。これもまた einmalig な体験だった。プロはすごい。いろいろすごい。

田中先生と東混は、今までずっと日本の合唱界を引っ張ってこられた。その間、数多くの委嘱作品を手がけ、世に出し、各地での演奏活動を通じて、世間に合唱音楽を広めて来られた。単に「好き」とか、「損得勘定」でやってこれるものではないと思う。使命感とか、情熱とか、そういう熱いモンがなければ50年も続けてやってこれない筈だ。そして、その姿勢を如実に示しているのが、今回わたしを含めた茨城県のアマチュア合唱団からの志願者がオンステさせて頂いた、三善晃氏作曲の「蜜蜂と鯨たちに捧げる譚詩」という曲だと思う。これは、東混が日本各地でアマチュアの合唱団と一緒に歌うという目的で委嘱されて生まれた二群編成の混声合唱曲である。でなければ、アマチュアが東混のステージに上がってきたり出来やしない。もちろん、オンステするメンバーは観客動員にも努力するが、この企画はそんな計算ずくのものではない。

わたしたちが触れさせて頂いたのは、そのかけらにしか過ぎないが、プロの練習レベルというものを少しは体験できたと思う。「自分のモティヴェーションで歌え」ということを求められた。技術的に求められることにはアマチュアゆえの限界もあるようだが (^^;) 「音楽」もしくは「音楽すること」については、同じレベルを求めて下さったと思う。これは、参加したメンバーが各自ハッとした事柄だったと思う。

音楽の演奏というのは、einmalig なものだと思う。同じメンバーが同じ場所で同じ曲を演奏しても、時が違えば別の演奏だ。当たり前なのだが・・・・・

演奏するメンバー各自、その時に至るまでの人生経験があり、それによって感じるものがある。それは、その瞬間にしか表現できない einmalig なものだ。そこに、指揮者がやってきて、同じくその瞬間にしか発揮できないものを以て指揮をされる。歌い手と、指揮者が向かい合って、互いの「その時」持っているものを出逢わせてひとつの演奏をつくる。それは、その時だけのもの、一期一会と言えばよいのか、まさしく einmalig な体験をするのだ。

田中先生との合わせは正規の練習ならばたったの2回だったが、回数ではないのだった。

練習で教えて頂いたことは、音楽のノウハウだけではなくて、「子供が親の背中から学ぶこと」のようなものが・・・・・てんこ盛りだった。ひとつのことに50年打ち込み、取り組み、そしてトップクラスのクォリティに達し、それを維持することので来た人の「人生」に触れさせて頂いたとでも言えばよいのか。

東混のメンバーに比べたら、物足りなきことこの上なかったかも知れないが、それでも、舞台の上で向きあい、真摯に互いのその時持てるものを出逢わせて下さったことに、感謝のひと言に尽きるのであった。

わたしゃアマチュアであるから、歌っても一銭も稼ぐことは出来ない。むしろ歌うたびにお金は出ていくが(^^)、きっとこれからも懲りずに歌っていくだろうと思った一日だった。 (^o^)/

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コメント

樅の木さん、お疲れさまでした。

わたしもしみじみと Einmaligkeit を感じ入りました。 音楽は時間の芸術なので、同じ演奏というものは無く、さらにその演奏に加わる者の数が増えれば、人数のべき乗の組み合わせがあることになりますね。

東混の50年という時間、単に物理的な時間ではないですよね。いろんなものが篭められ、プロとしての様々な物事の積み上げられての重みのある歴史です。幸運にも、わたしは東混の午前中のリハーサルから聴かせて頂くことが出来ました。第一声、ホールの空間に出された瞬間から「完全」な音楽が完成していることに、当たり前のことながら、感じ入りました。よく調律された楽器の奏でる完璧なハーモニーです。それはリハーサル後、本番でも安定して繰り返されます。こう表現すると Einmaligkeit とは逆の様な感じに受け止められそうですが、全く別の次元で、完璧な音の中での豊かなバリエーションはあるのですね。アマチュアの場合、出される音の振れ幅が大きいので、「本番の奇跡」が起こり得るのですが。(笑)

そのプロと同じステージに立たせて頂いたことに加えて、音楽だけでなく趣向懲らせた演出盛りだくさんの演奏・パフォーマンスを鑑賞できたことも大きな収穫でした。自分がステージに立つまでの間は、おこがましくも純粋に一観客として120%楽しんでしまいました。

帰りの車の中でもメンバーと話したのですが、田中先生の練習では「指導」と「教育」がバランス良く濃密に行われていたような気がします。技術については、それが出来るように効率的・具体的な指導がなされ、芸術については、その背景となる知識とそれを支える意識が効果的に示されましたよね。どちらが欠けても、どちらの水準が低くても成り立ちません。その高いレベルに触れられ、高められたという(ほんの少しでしょうけど、^^;)実感が得られたことは、とても貴重で豊かな経験となりました。本当に、樅の木さんが仰るとおり「感謝の一言に尽きる」でした。

プロは選んだ結果として与えられた仕事からは逃げられないのに対して、アマチュアは、時間と労力と費用をかけることで好きなことだけをすることが出来ます。言い換えると、かけたそれらのものに見合うものが得られたという実感がないと続けられませんね。今回得られたような充実感を求めて、わたしもいろんな音楽活動を続けていくだろうと思いました。

コメントが長くなり申し訳ありません。演奏会を終え、その後にこの日記を読ませて頂いてから、いろんなことを考えさせて頂きました。どうもありがとうございました、樅の木さん。

投稿: 塩爺 | 2006年10月 2日 (月) 23時34分

かしのきさんてだれ~?(かしが変換できん)と、塩爺さんのMIXIから来たのですが、しばらく誰だかわかんなかった。ごめんなさ~い。あとで、ゆっくり読ませてください。きれいなブログですねー。やっぱりセンスいいわ♪

投稿: ぱんだこ | 2006年10月 3日 (火) 07時54分

塩爺さん♪

オンステ、お疲れ様でした。
刺激をいっぱい頂きましたね。

わたしも、ある分野ではプロなのですが、同じ分野のアマチュアの方に同じくらい強い刺激を与え得るプロだろうか?などと考えてちょっと不安になったりして・・・(汗)

あとは、ロ短調、よろしくお願い致します!

投稿: 樅の木 | 2006年10月 3日 (火) 15時25分

ぱんだこさん♪

いらっしゃいませ!
ぱんだこさん、あなたは「パンダ子」さん?それとも「パン蛸」さん?(笑)

いえいえ、どなたかわかりますよ。オンステお疲れ様でした。良い体験が出来ましたね♪ロ短調も頑張りましょう!

投稿: もみの木 | 2006年10月 3日 (火) 15時28分

合唱のことはよくわかりませんが、樅の木さんや参加された皆さんが、とても充実した時間を過ごせたことは、よくわかりました。
わたしもせめて観客として、その場にいたかったなぁと思いました。きっと素晴らしいステージだったんでしょうね。お疲れ様でした。(その後のビールはさぞ、うまかったでしょう)

投稿: なすび | 2006年10月 3日 (火) 22時30分

なすびさん♪

お誘いしてみたかったんですが、常陸太田っていう遠方だったものでご遠慮してしまいました。

その後のビール、なかったんですよ。ショック(爆)。あったのはウーロン茶とか・・・ま、帰宅してからやりましたけど。

12月9日は、つくばでわが団の定期演奏会があります。Bachのロ短調ミサ全曲です。良かったらどうぞ♪

投稿: 樅の木 | 2006年10月 4日 (水) 03時27分

★樅の木さん

亀レスですみません。実にeinmalig な、すばらしい一日だったんですね。文章から感動が伝わってきました。その後もしばらく余韻を楽しんでいらっしゃるのが分かります。小学校の頃、実は合唱部だったんです(器械体操部と掛け持ちでしたが)。NHKの合唱コンクールにも出たんですよ~(今でもやってますよね。課題曲は「チコたん」。ご存じでしょうか。歌詞は大阪弁でっせ。) 樅の木さんとはレベルが違いますが、でもみんなで合唱して一つのものを作り上げる喜びは少~しだけ味わいました。

実は最近、子供に付き合って近所のプロテスタントの教会に通っています。何が楽しいって賛美歌。子供は嫌がるのですが、結構大きな声で歌っちゃう。音痴なのですが、皆さんも大きな声で歌っていらっしゃるので。すみません、マエストロが率いてこられた合唱団の歴史の重みとは雲泥の差がありますが、歌うということには、別の世界へ連れていってくれるような、何か不思議な力がありますよね。(音痴が何を言う!という天の声が聞こえてきました・・・ヤベっ)

投稿: ありちゅん | 2006年10月 4日 (水) 07時23分

ありちゅんさん♪

器械体操と合唱掛け持ちですか?じゃあ、そのうちみみさんと勝負しないと(笑)。「チコたん」は知りません。大阪の大阪弁ネイティブの子供が大阪弁の歌歌ったらカワイイですよね♪合唱は、本番ももちろん良いですが、練習が楽しいのですよ~。ひとつの曲を隅々まで覗いていって・・・・・

ぼくはクリスチャンではありませんが、賛美歌は好きですし、基督教にはそこそこシンパシー感じている部分があります。学生の頃、ロイヤルホテルのクリスマスキャロルのバイトをしていたとき、ホテル側から「いかにもクリスマス、っていう感じでないのも歌とてくれへんか?」と言われて、カトリック聖歌のマリア様がらみの曲を選んで編曲して歌ったりしたことあります。

そのうち、どこかでオフしてみんなでハモりませんか?(笑)

投稿: 樅の木 | 2006年10月 4日 (水) 14時23分

今更ですが、オンステお疲れ様でした。

本当に感動の一日でしたよね♪
田中先生には、音楽すること、芸術することを、改めて深く教えていただけたと思います。こんな機会に恵まれて、感謝の一言♪ですね。

マエストロはすごかった・・・・・

投稿: MUSE | 2006年10月 4日 (水) 16時14分

MUSEさん♪

お久しぶりです。
MUSEさんもオンステお疲れ様でした。マエストロ、すごいですね。参加できて良かったですね♪
またこんな機会がないかな・・・?って、探せばあるんですけどね。あとは、今年出来るかどうかはともかく、冥土の土産にどこかで第9歌っとかないと・・・?

投稿: 樅の木 | 2006年10月 4日 (水) 16時56分

素晴らしい体験、良かったですねー!
ひたすら羨ましいです!
本物は、こんなにも感動を与えるものなのですね!

それから、ありちゅんさんに、横から失礼いたします。

私も実はプロテスタントの教会に通っているのですよー!毎週歌う讃美歌には心癒やされています。礼拝で、みんな大きな声で心から歌うのって、本当に楽しくて素敵です!
讃美歌って神さまを讃美するのが目的なのですが、歌う側にも不思議な安らぎがありますです・・・。

ありちゅんさん、これからも歌い続けて下さいねー!
今後ともよろしくです~。

樅の木さん、おじゃましましたー。

投稿: かっ♪ぱ | 2006年10月 4日 (水) 17時50分

かっ♪ぱさん

いい体験させて頂きました。
日本製世俗合唱曲、日本の合唱人のツボに入りますね。しかし、世俗曲とは言っても、この曲(あるいは三善先生の曲は総じて?)、宗教的であるかどうかはともかく「祈り」に満たされているのですよ。

投稿: 樅の木 | 2006年10月 5日 (木) 09時36分

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