« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月30日 (木)

【Glühwein】

Glühwein(グリューヴァイン):グリューワイン ・・・・・ 主に中部ヨーロッパで、クリスマス前にクリスマス市や家庭などで好んで飲まれる、香辛料や砂糖を加えて暖めて飲むワイン(やっぱりタイトル表示は独和にしよう・・・)

ヨーロッパでは、クリスマス前になると、クリスマス市などでグリューヴァインが飲まれる。クリスマス市の目玉と言っても良い。クリスマス前の時期に、確固たる地位に迎えられる飲み物だ。寒い寒いヨーロッパの、寒い寒い季節に、寒い寒い屋外で飲む、暖かぁぁぁいグリューヴァインは可成り美味しい。まるで、まる一日絶食した後に食べるおかゆのような味わいがある。かも知れない。

ネット内某所でこのことが話題になり、わたしにレシピを書けと言う外圧が高まって来たので、よっしゃ♪と言うことで結構自主的に書いてみたら、こっちでも書いたら?というお勧めをアリー・チュントワネットさんから頂いたので、少し書き換えて転記する次第。

とは言っても、これもいろんなレシピ・・・ローカルレシピがあると思う。わたしの以前の日記でも、グリューヴァインが少し話題に上り、takuyaさんが手元にあるレシピを書いてくださったが、各所で微妙な、あるいは大きな違いがあることだろうと思う。かつてわたしが自分で作ったときに手がかりにしたものは、すでに現存していないが、ネットで見つけた以下の内容とほぼ同じ:

普通のグリューヴァイン

辛口の赤ワイン 1L

レモン 1

シナモン 2

チョウジ(丁字)3個・・・(クローブとも言うのかな?)

砂糖大さじ3

カルダモン少々(わたしは使わなかった。と言うかカルダモンが何なのか知らなかった。今も知らない)

作り方:

ワインを暖める。沸騰させてはならない。沸騰させないためには、多少時間はかかるが「湯煎」という手がある。

レモンをスライスし、ワインが暖まったら他の材料と一緒に「どばっ」と入れる。おしとやかに入れても良いが、味を出すのが目的であるから、手早く入れるのが大人である。

5分間加熱する(沸騰したらアカン)

火から外す

フタをする

1時間置く

もう一度暖めて、ストレーナーで漉して淹れる

飲む

酔っぱらう

歌う

寝る

余ったら、全部漉して保管するか、意地で飲み切る。

* * * * * * * * * *

このほかにも、白ワインベースで作る方法や、ブランデーなどを混ぜてアルコールを強くするレシピや、オレンジを使うやり方などもある。好みに応じて、いろいろ思い切ったアレンジの出来るものだと思う。新作発表だって出来ると思う。

ドイツでは「グリューヴァインの素」みたいなのを売っているらしい。わたしが自分で作ったときは、生姜の絞り汁とか、ウゾというギリシャの焼酎を入れて、催眠効果を狙ってみたが‥‥‥ orz これはちょっとまずかったかも知れない f(^^;)

スイス風グリューヴァイン

材料:

軽い赤ワイン1 L

1/2 - 1 L

好みにより以下を加える:

砂糖

シナモンスティック

チョウジ2

レモンの輪切り

作り方:

すべて一緒にして加熱する。沸騰させてはならない。

好みにより、砂糖、香辛料を加える(味を調える)

☆これは、ライトなものになりそう。スイスでは葡萄は採れないのではないかな?だったらワインは輸入物だから、そこにスイス自慢の「お水」を入れたのだろうか?寒い土地柄だから、アルコールを薄くして、沢山飲んで暖まれるように工夫したのかも知れない。

* * * * * * * * * *

白グリューヴァイン

材料:

ミュラー・トゥルガウの白ワイン 2 L

オレンジジュース 1/4 L

砂糖大さじ7

グリューヴァインの素 大さじ6

シナモンスティック1

チョウジ少々(1 Messerspitze とあるので、おそらく粉末)

作り方:

ワインを加熱し、材料を次々に入れていく

好みにより、砂糖や香辛料を加える(味を調える)

☆ワインをミュラー トゥルガウに指定しているのは何故かな?と思うが。香辛料を加えるという行為にいちばん適していると言うことなのだろう。そもそも、「モノを加えて手も加える」グリューヴァインという飲み物には、白よりも赤が適しているのだろう。

「グリューヴァインの素」、というのが謎。シナモンとチョウジはすでに入っているので、レモン、生姜系だろうか?わたしもこれは飲んだことがないので、何とも言えない。作るのなら少量ずつ試して見ながら作るしかない。

* * * * * * * * * *

そもそも、白ワインなら良いものがいっぱいあるけれど、赤ワインと来たらてんで面白くないのがドイツワインってものである。「なんでドイツの赤ワインはこんなにさらさらなのか?もっと、どっしりしたのはないのか?何故つくれないっ!」と、わたしはドイツの赤ワインについては一度も満足したことがなかった。そのドイツのクリスマス市に出てくるグリューヴァインですら、わたしは赤いのにしかお目にかかったことがない。それほど、グリューヴァインには赤が適している、および/もしくは、白ワインがグリューヴァインに適していないのであろう。白のグリューヴァインは、どっちかというと色物なのだろうか?白いんだけど。 赤いグリューヴァインを何度か作って、作り方に慣れたところで試してみるヴァリエーションという感じがする。

あと、作り方はもう、材料を入れて加熱するが沸騰させない。それから、熱源から離してしばらく置くというあたりだけ気を付けていれば良いということで、問題は「さじ加減だけ」!

↓今回参照したレシピの載っているサイト

http://www.weihnachtsideen24.de/getraenkeideen/gluehwein_rezepte.html

ドイツ語ですが・・・(^^;)

今年は、我が家でも、グリューヴァインをつくってみようかな?

| | コメント (12)

2006年11月17日 (金)

【ペーパーチキン】

ペーパーチキン:Ein ganzes Hähnchen, gebacken im Papier eingewickelt (アイン ガンツェス ヘーンヒェン、ゲバッケン イム パピーァ アインゲヴィッケルト) () ・・・・・ この訳語はどうだか?だいいたい、ここでわたしが話題にするものがどのように作られているのか知らないのだから、訳しようがないのです

(--;)

昔、シンガポールに行ったときのこと。
シンガポールにも見所はいっぱいあるのだが、小さな国(というか街)なので、それだけでは飽きが来るということで、シンガポールの対岸のジョーホール・バルーにも行った。こちらはマレーシアだ。昔は、海を隔てていたそうだが、いまはコーズウェイという道が通っていて地続きになっている。
この時ジョーホール・バルーを訪れた目的は「食」であった。オイシイもの食べに行きましょうと誘われて、国境越えて行ったのである。

コーズウェイから入国して、その道をそのまんま真っ直ぐ行くと、繁華街に入る。繁華街をしばらく行くと左手にその店はあった。BAMBOO RESTAURANT と看板に書いてあった。どこにでもあるような、大衆的な食い物屋だ。店の間口は3間ぐらいで、シャッターを上げてフルオープンにして、通りまでテーブルがはみ出していたように記憶している。テーブルは、太さ5ミリぐらいの金属の棒(?)を加工して造って脚にした、あのどこにでもある折りたたみのテーブル。日本の大衆食堂にもよく使われていたあのタイプ。「どんでん」のCMでアホの坂田と阪神の岡田が向かい合っていたようなあのテーブルである。つまり、見るからにお手軽、安物、と言う感じの店だった。

しかし、ここで食べたペーパーチキンは絶品だった。
シンガポールはペーパーチキンで有名だが、それはひとくちサイズの鶏肉をクッキングペーパーに包んで揚げるというものだ。シンガポール風ペーパーチキンのレシピ

http://www.citywave.com/ajinomoto/2005/0223/recipe3/index.shtml

しかし、このBAMBOO RESTAURANT で出されたのは、一羽丸ごとの鶏であった。だから、タイトルのドイツ語訳も、Ein ganzes Hähnchen,~~~ となっているのだ。これが紙に包まれている。遠赤外線とかで焼いたのか、油で揚げたのか不明。揚げたのだろうと思ってはいるが、確認しなかった。10年後(?)にブログで書くとわかっていれば、写真付きで取っておいたのに。

鶏の体内には、木の実のようなものや香草od.薬草のようなものがいっぱい詰められている。どうやら、もともとは薬膳だったらしい。だから全体を食するのかも知れない。とにかく、これはギュロスとは真逆で、脂がどこにも失われないので、肉がジューシーの極致である。フォークを突き立てると、ナイフを使う前にほろりと肉が離れる。「ぽろり」でもなければ、「ぼろり」でもない。「ほろり」である。鶏一羽丸ごとというのは、ドイツで慣れっこになっていたので別段驚くようなこともなく(日本人の女の子などはカタチでダメな子もいるらしい)、大人5名で2羽プラス焼きそばなどのつけ合わせを平らげて、その近所の別の店でお茶を飲んで、シンガポールに帰った。ホントに、食べるだけで帰ってきた。彼の地の人たちは、こういうちょいの間の出入国を当然のように行っている。そう言う環境に生まれれば当たり前なのだろうが、島国育ちにはちょっとした「イベント」であった。

それにしても、あの店はまだやっているのだろうか?あるのなら、死ぬまでにもう一度行ってみたいものだ。

| | コメント (22)

2006年11月12日 (日)

【住所】

住所(じゅうしょ):Adresse(アドレッセ)(女) (あて名、所番地)、Anschrift(アンシュリフト)(女) (あて名、所番地)、Wohnsitz(ヴォーンズィッツ)(男) (定住所、居住地) ・・・・・ 住所と言ってもいろいろ言い方があるものですね。でも、この言葉もわれわれ日本人が日常で使っている「住所」という言葉とは、微妙にニュアンスが違っているような気がします。

ドイツの住所表示は単純だ。例えばTannenbaumstr.1, 99999 Tannenbaum-Stadt などのように、「樅の木市樅の木通り1番地」でおしまいだ。合理的だ。家というものの機能からして、道に面していない家はないのであるから、すべての通りに名前を付けて順番に番号を振っていけば、すべての家にその所番地を与えることが出来る。わかりやすい。きっと、この住所表記法の合理性も手伝って、わたしはドイツで初めてのところに行くときも、ほとんど迷ったことがなかった。

通りの名を冠する他では、Am Tannnenbaumplatz「樅の木広場前」とか、An Tannenberg「樅の木山の麓」など「An」を使って、「どこそこに面している」という表現を使う。それと、旧東ドイツで、ものすごく小さな村があって、そこはTannenbaum 18「樅の木18番地」だけで良い。この場合のTannenbaumは村の名前だ。樅の木村の18番目の家。なんか可笑しい、ほほえましい♪もちろん、ドイツのあらゆる住所表記を研究したわけではないので、もしかしたら、驚くような例外もあるかも知れない♪

日本の住所表記は、わかりにくい。今更ドイツ式に変更しろとは言えない。由緒ある地名を住所表示から消すのも忍びない。昔、大阪で住所表記の変更が行われたときも、妙な新時代的な名前ではなく、由緒ある、聞き覚えのある町名を付けていた。例えば、南区にあった安堂寺橋通りという地名はこの変更で南船場になったが、「船場と名乗れるんやったら、それでもええかな?」という感想が聞かれた。
それはともかくも、○○町●丁目△番地■号という住所表記だと、知らなければ地図を見なければ辿り着けない。高校生の頃、電報配達のアルバイトをしたことがあったが、必ずゼンリンの住宅地図を見て、場所を確認して出かけたものだった。○○通り●番地という表記法なら、その通りに辿り着けばあとは何とかなる。大阪なんかで、自分の家の住所が、例えば「御堂筋北728番地」とかだったら、格好いいと思うんだけど・・・(あ、それから、京都の住所表記は、それなりに良いかと思うなぁ)

わたしの住んでいる街にも「ふれあい通り」とか、「花水木通り」とか、名前の付けられた通りがあるけれど、住所表記とは何の関係もなくて、なんだか少し無駄なような気もする。もし北海道とかで、どこかの土地を開墾して新しく街を作るときは、この住所表記にしてはどうだろうか?通りの名前を考えるのもまた一興だと思う:

大通り、中央通り、滝廉太郎通り、夏目漱石通り、吉田茂通り、菜の花通り、ダイヤモンド通り、時計台通り、かっぱ通り、田子作通り、建売通り、その通り usw......

| | コメント (22)

2006年11月10日 (金)

【オーストリー】

オーストリー:Oesterreich (エスターライヒ) (国名) ・・・・・ ウィーンを首都に持つヨーロッパ東部の国。その昔は「オーストリア・ハンガリー帝国」として東ヨーロッパに君臨していた。老後を外国で過ごすなら、わたしは「ウィーン」!

日記のタイトルを、これからしばらくは和独で表記しようと思う。まあ、気分次第で元に戻すかも知れないが・・・・・

さて、某SNSで知ったことなのだが、早速裏を取ってみた。

http://www.austriantrade.org/japan/our-office-in-tokyo/ja/

日本における、Oesterreichの正式呼称を「オーストリア」から「オーストリー」に変更するということだ。理由は、オーストラリアと間違われるからだということ。「オーストリー」でも、間違いやすいと思うのだが、少しはマシになるのだろうか?No Kangaroo in Vienna のTシャツが売れなくなるという声が一部にあるようだが、今後の展開に注目したい(かな?)。

間違われると言うのは、実際面でも不都合が多いし、気分的にも良いものではない。
わたしは、ドイツにいた頃は小さな街に住んでいて、そう言う街では必ずと言って良いほど中国人に間違われた。まず、似ていると言うのがあるが、それと中国人はドイツ全土に存在すると言うこともあるだろう。中華料理は世界中どこに行っても人気があるようで、中華料理店はドイツの隅々にまで出店していると思われる。互助会的な組織もあるらしい。デュッセルドルフの中華料理店と、バーデンの小さな街の中華料理店の使っていた「おしながき」がまったく同じモノだったので、そう思っただけなのだが・・・・・

それに引き替え、日本人はどうやら大きな街にしか居ないらしい。もう少し正確に言えば、小さな街にももちろん居るけれど、偏りが大きいというべきか?そのせいか、フランクフルトやベルリンでは、「あなたは日本人ですか?」と聞かれることの方が多かった。

ヨーロッパ人から見れば、日本人、韓国人、中国人の見分けなど付かないだろう。わたしの知り合いの地黒の女の子などベトナム人と間違われていた。旧東独での話で、まあ、これはこれで納得させられる部分もある。われわれだって、ドイツ人、フランス人、イギリス人の見分けなどつかないのだからこれはもう仕方ないのだ、と思ってはみるけれどやはり間違われるって言うのは嬉しくない。

実際的な面の不都合は、Austria/Europeと書くなどすれば大丈夫だと思うし(今までそうやって来たんだし)、大差ない名称に切り替えると言うのは、やはり「気分が良くなかった」のではないだろうか?と思うのだがいかがなものだろう?どうせだったら、「エスターライヒ」にすれば良いのにと、ドイツ語族のわたしなどは思うのだが・・・・・

| | コメント (10)

2006年11月 6日 (月)

【Irischer Kaffee】

Irischer Kaffee (イーリシャー カフェー) (男):アイリッシュ・コーヒー ・・・・・ アイルランド産ウイスキーの入ったコーヒー クリームを浮かべる

阿刀田高さんの短編集に「コーヒー党奇談」というのがある。
短編が十二本収録されていて、その最初の一本が文庫と同じ表題のものだ。どの話も面白いのだが、この第一話にこの日記の表題のアイリッシュ・コーヒーが出てくる。コーヒーや紅茶にウイスキーなどの強い酒を入れる飲み方があるのは、小学生の頃から知っていたが、アイリッシュ・コーヒーは飲んだことがなかった。

阿刀田氏の短編には、濃いめに淹れたコーヒーにシュガーを混ぜ、ワンショットほどのアイリッシュ・ウイスキーを入れ、細長いグラスに三分の二ほど入れてその上にクリームを乗せると書いてあった。作中の登場人物は、これを飲んで一気に疲れが取れたと言う。阿刀田氏も同じような体験をしたのかも知れない。飲む人の体調にもよるのだろうとは思うのだが、この作品を読んで、いつかこのアイリッシュ・コーヒーを飲んでみたいと思っていた。

最近は、昔のような「純喫茶」や「こだわりのコーヒー店」みたいなものはほとんど見かけなくなった。採算が取れないのか、都会のど真ん中とか、立地の良さそうな場所にしか、その手の店は見つからないように思える。で、田舎住まいの身には、アイリッシュなどというオタクっぽいコーヒーを置いてある店に入る機会が、実はなかなかなかったのだった。これが実現したのは、花のお江戸は銀座でのことだった。Ginzaですよ、ギ・ン・ザ(笑)

わたしにとって銀座とは、ヤマハであり山野楽器である。有楽町駅、または新橋駅で降りるときは、銀座で楽譜かCDなど、音楽的買い物をする。それ以外の目的であの駅に降り立つことはない。そして、一歩銀座に足を踏み入れたら、日が暮れる前にその結界から出てくることにしている(笑)。

ある時、いつものように銀座で音楽的買い物をした後、某猛獣の名を冠した某所で昼ビールを飲み(オフだから良いのだ)、その後コーヒーを飲みたくなったのであった。で、その某猛獣の名を冠した某所から有楽町駅に向かって歩きながら、コーヒー店を探した。探さなくても、いくらでもあるのだが、少し裏通りに入って探してみた。すると、あるビルの4Fぐらいに、よさげなコーヒー店があるのがわかったのでそこに入ってみた。

静かな店の筈なのだが、わたしの座ったテーブルの隣にはオバサンが2名居てなにやら喧(かまびす)しくお話ししていらっしゃったのでちっとも静かではなかった。少し後悔した。オバサンだってひとりだったら普通はうるさくないのだ。しかし、2名居るともうダメだ。まあ、居酒屋にオヤジがいる場合は、ひとりで飲んでいてもうるさい可能性があるから文句は言えない、と思ってメニューをめくると、そこにアイリッシュ・コーヒーを見つけたのだった。

(ここ来て正解やん♪)

迷わず注文した。ま、銀座なだけにお値段が1500円とか書いてあったけど(^^;)
しかし、中学生になりたての頃、街の屋台でたこ焼きをひと舟かって、店のおばちゃんから「にひゃくまんえん」と法外な金額を請求されたときも、慌てず騒がず、顔色ひとつ変えずに、財布から100万円玉を2個取り出して、粛々と支払いを済ませたという伝説を持つこのわたしが、たかが、せ、せ、せ、1500円程度のコーヒーでビビるわけがないではないか。銀座がナンボのもんやねん。

さて、わたしの席に運ばれてきたアイリッシュ・コーヒーは、グラスではなくカップに入っていた。香りは良い。ただ、ビールを飲んだ後のせいか、コーヒーとウイスキーの味と香りの組合せにも、あまり感じるところがなかったような気がする。今度は、素面で行かなければなるまい。

老後の趣味(?)に、コーヒー道にでもはまってみようかと考え中の樅の木であった。

注)実は、文中のたこ焼きの値段については記憶がもひとつ定かでありません。もしかしたら「はちじゅうまんえん」だったかも知れませんが、まあ、法外な金額であることに代わりはありませんね。また、「素面」を「すっぴん」とお読みになる女性が時々いらっしゃいますが、これはもちろん「しらふ」と読みます♪

| | コメント (13)

2006年11月 1日 (水)

【Hauptrolle】

Hauptrolle (ハウプトロレ) (女):主役 ・・・・・ もちろんこれはお芝居の用語ですが、転じて「主体をなすもの」の意味で使われることもあるようです。日本語でもそうですね。

主役は主役であるべきだ。主役が主役であってこそ、脇役も光るというものだろう。しかし、いつの間にか脇役が主役を喰ってしまうと言うこともある。
例えば、関西の下町の風情を描いた名作「じゃりん子チエ」というマンガがある。主役はチエちゃんという小学生の女の子であるが、その回りには個性豊かな脇役がいっぱいである。特に、人気の出たのは飼い猫の小鉄で、小鉄を主役にしたものも何本か書かれたぐらいだ。わたしも、『お!こんなんが出てるんか!』と、喜んで読んだクチだが、読んでみるとそれほど面白くなかったのである。いや、面白いことは面白いのだが、やはり小鉄は主役ではなく、チエちゃんの日常にさりげなく出てきて、深い台詞をポロッと吐いたりするのが、最適であるように思う。

じゃりん子チエは、話が進んでいくとともに、サブキャラクターの話がふくらんできて、だんだんチエちゃんの影が薄くなるような感じがしていたが、やはりチエちゃん抜きだと、脇役が締まらないのである。主役とはそう言うものなのか?

さて、こんな前振りを書いてわたしは一体何を言いたいのかというと、『わたしは具が嫌いだ』と言うことである。正確に言えば、「具」そのものが嫌いなのではなく、「具」らしくない「具」が嫌いなのである。「具の本分」を忘れた「具」はもはや「具」ではない。「愚」というぐらいのものではないか?と言うことが言いたいのであった。この場合、これは「食い物」の話である。

ずっと前、つくば市の某ラーメン屋に入った。チャーシュー麺を頼んだら、チャーシュー麺が出てきた。しかし、麺と同じぐらいのボリュームのもやしが乗っかっていたのであった。こんなもの頼んでいない。これがこの店の売りなのかも知らないが、もやしみたいなもん、大盤振舞されてもそんなに嬉しくはない。ちなみに大盤振舞とは当て字で、正しくは「椀飯振舞」と書くのだそうだが、閑話休題。

ラーメン屋に入ったときにチャーシュー麺を注文したら、注文した人は普通、「麺」、「スープ」、「チャーシュー」をこれから自分は食べるのだと思って待っている。まあ、メンマとか少量のもやしが入っているのも、想定内だと思う。しかし、てんこ盛りのもやしは想定外だ。麺にたどり着く前にもやしを片づけなければならない。へたをすると、麺に辿り着いたとき、すでに麺がのびていたということも考えられる。そもそも、客が食べたいと思っているものを出すのが「食堂の本分」ではないのか?頼みもせんものを出さんでもええねんて。以来、その店には行っていない。

しかし、それにしても。
わたしは、子供の頃から「具」が嫌いであった。例えば、焼きそばに、キャベツや肉がいっぱい入っているのが嫌だった。親としては子供に野菜を食べさせるチャンス!と思っているのかも知れない。それならそれは確信犯であるので許せる。しかし、具がいっぱい入っていると美味しい、というのは錯覚ではないのか?と子供の頃から思っていた。焼きそばを食べたい人に、キャベツと肉を炒めたものを出して喜ばれると思っているのか?いくら美味しく作っても、食べたくなければ美味しくないのである、ということを4年生の頃から口に出していたように記憶している。
「邪魔なもんが何も入っていない、ソバしか入ってない焼きそばが食べたい・・・・・」
「ジャガイモやニンジンや、肉の塊が入ってない、ルーだけのカレーが食べたい・・・・・」
こんな願いを持ちながらわたしは成人した。今思えば、安上がりな子供であった。

| | コメント (20)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »