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2007年1月22日 (月)

【Deutsche Lieder】

Deutsche Lieder (ドイッチェ リーダー)():ドイツ歌曲 ・・・・・ 日本語化したものは、ドイツリートと言われる。リート(Lied)は単数なので、実際に会話で使用するときはリーダー(Lieder)と複数にするのが適切。

昨日、NHK芸術劇場でドイツリートのコンサートが放映されていました。最初のプログラムは、マグダレーナ・コジェマーのメゾ・ソプラノ・リサイタル(@トッパンホール)で、その次のプログラムは、ナタリー・シュトゥッツマンのコントラルト・リサイタル(@紀尾井ホール)でした。月曜朝一番の案件などを抱えていることが多くて、日曜日のこんな時間(22:0024:00)にTVを見ていることは希なのですが、昨夜は「暇」だったので鑑賞することができました。

量的にはコジェマーのリサイタルの方が圧倒的に多く、シューマンの「女の愛と生涯」とか、ドボルザークの「ロマの歌」、モーツァルトの歌曲、ヴォルフの「メーリケ歌曲集」より・・・・とドイツリートの美味しいところを歌っていました。でも、何かひとつ足りない・・・・・そう、シューベルトはその後のナタリー・シュトゥッツマンが歌っていました。考えて編集していますね。

どちらも、知っている曲が多く、歌を聴くと言うよりは体の使い方とか口の開き方等々に目がいってしまったのは、素人歌うたいの不徳の致すところです。ここで、そんなに観察しても、自分がどれほど上手くなるのか・・・・・orz とは言っても、我が家のTVは可成り古いもので、その当時のメーカーにはサウンドを楽しむという考えがなかったらしく、音だけでは物足りないので致し方なく・・・

印象に残ったのは、シュトゥッツマンの方でした。

青いタキシードのような上着に黒ズボンで登場。かんばせは普通のオバサンでしたが、非常に「男前」な雰囲気が出ており、男の視点から書かれた曲を女声で聴くのにも違和感がありませんでした。放送されたのは全曲シューベルトの歌曲でした。「死と乙女」や「さすらい人」のようなポピュラーな歌曲と、「白鳥の歌」からの抜粋で数曲。わたしは、「白鳥の歌」が結構好きで、シューベルトの3大歌曲集の中でも、おそらく平均よりも「白鳥の歌が好き度」は高いと思います。機会があれば歌ってみたい曲がいくつもあります。

そう言えば、わが合唱団の年に2回の音楽会が2月下旬にあります。そろそろ歌う曲を決めなければなりません。先回は先生の希望にも沿う形での選曲でしたが、今度は100%自己中で選曲しようかと思います。「Aus den hebräischen Gesänge」(Myrthen15番)というのを考えているのですが、本番までに何度か揺れそうです♪

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2007年1月12日 (金)

【Segantini】

Segantini, Giovanni (セガンティーニ、ジョヴァンニ)(人名):ジョバンニ・セガンティーニ ・・・・・ 画家。アルプス3部作が有名。

今日、NHKで「迷宮美術館」を見ていたら、このセガンティーニが取り上げられていました。わたしは、このセガンティーニについてはよく知りません。でも、実を言うと、ここしばらくこの名前が思い出せなくて、「あ゛~、なんて言ったっけな~?」と身悶えしていたのでした(大げさ)。

なぜこの名前を思い出そうとしていたかというと、わたしが中学生ぐらいの頃から好きだった詩人、伊東静雄が、セガンティーニの画からインスピレーションを得て、彼の絶唱のひとつと言われている詩を書いたからでした。その詩は「曠野の歌」という作品で、彼の処女詩集「わがひとに与うる哀歌」に収録されています。

この人は、確か佐賀県の生まれで、諫早に移って、京都大学に進んだ後大阪の住吉高校で教鞭を執ったと記憶しています。後で調べて違っていたら訂正します(^^;) まあ、わたしの故郷と近いところで活動していた方なのです。上述の「曠野の歌」の他にも佳い作品がいっぱいあります。詩の好きな方は読んでみたら良ろしいかと思います。

わたしがこの詩人を知ったのは、中学生の頃です。父のツンドク文庫に「日本文学全集」というおどろおどろしいものがあり、その中の「昭和詩集」に彼の作品の一部が掲載されていたのを見つけたのです。そのいくつか掲載されていた一連の詩の最初のものが、上述の「曠野の歌」で、なにやら強い印象を受けました。それから、高校生の頃に確か岩波文庫で「伊東静雄詩集」を買い、読み進んでいくと、「曠野の歌」の解説欄(富士正春氏)に、伊東静雄がセガンティーニの「帰郷」という画からインスピレーションを得てこの作品を書いたと書かれていたのです。

何でも、アルプスの雪景色の中、棺を引く馬とそれに続く人の行列が描かれているそうです。今日、その「セガンティーニ」という画家の名前を思い出していろいろ検索してみたのですが、それらしい作品には行き当たりませんでした。が、もしかしたらそれ、少なくとも可成り似ていると言う作品はありました。それが、アルプス3部作の「死(Vergehen)」というもの。

Segantini_alpen_triptychonこれは、冬のアルプスです。春のアルプスを描いたものには「生(Werden)」という題が与えられています。生と死の循環、死は終わりではなく始まりなのだと言うことが描かれて居るんだと、誰かの解説にはありました。セガンティーニという画家について、もう少し知りたい気持ちになりました。

実は、わたしは一連の伊東静雄の作品が好きで、大学生の時、拙いながらも伊東静雄の作品に男声合唱の曲を付けて組曲なぞにしてしまった、しかも、そのうちの1つはコンクールにも応募して、当然のごとく落選したという「イタイ」過去があったりします。懐かしい・・・・・(--;)

伊東静雄を偲ぶHP(作品が読めます)

http://www11.ocn.ne.jp/~kamimura/

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2007年1月 6日 (土)

【Betrunkenheit】

Betrunkenheit (ベトルンケンハイト)():酒に酔った (酩酊) 状態 ・・・・・ 酒に酔うと大抵の人は、普段しないことをし、言わないことを言ったりする。酒を飲んでも普段と変わらないと言う人もいるが、それは普段が酩酊状態と変わらないからなのかも知れない。

* * * * * * * * * *

人間、何十年も生きていると、酒の上での失敗のひとつやふたつはあるものです。世間におわす豪傑の皆様と比べると、わたしなどのエピソードは、エピソードと言うのもおこがましいほどのものですが、この時期になると思い出す出来事がいくつかあります(某SNSで少し書いたことですが)。

1月だったか2月だったか、とにかくそれは冬のことでした。わたしは、あることで東京にやって来て、翌日の行動を考えて都内のホテルを予約しました。と言っても、安ホテルです。大井町駅前にある、某関西私鉄の名を冠したホテルで、料金は当時で5000円余で、部屋は本当に寝るだけの部屋でしたが、最上階の大浴場が気持ちよくて、東京に泊まるときはよくここを予約していたのでした。

その日もわたしはその某関西私鉄の名を冠した大浴場付き安ホテルを予約しました。そして、友人「K」と一緒に自由が丘で飲みました。先にホテルにチェックインしておきたかったのですが、時間的に上手く行かないので、少し大きめの鞄ひとつと共に、友人「K」と落ち合いました。

前から約束していた「飲み」で、なかなかに盛り上がり、何よりも「車ではない」上にホテルは電車で1本というシテュエーションが手伝って、大いに飲みました。ビール、日本酒、ワインと3種類までで止めておきましたが、もう充分酔っぱらい、友人「K」と自由が丘駅のホームで別れ、わたしは、大井町行きの電車に乗り込みました。そこまでは、友人「K」も記憶しています。わたしは確かにあの日あの時、大井町行きの電車に乗り込んだのでした。

「もしもし、終点ですよ。」

車掌さんに揺り起こされて、わたしは飛び起きてホームに出ました。電車に乗り込んで席について、それからたった今揺り起こされるまで記憶が消えていました。が、とにかく終点に着いたのでホームに出ると、そこは見知らぬ駅のホーム。「鷺沼」と書いてありました。

(あ、寝過ごして反対側に行ったらしい!)

その手の話はよくあります。珍しい話でもありません。わたしは、また電車に乗り込んで元に戻ろうと思いましたが、車掌さんがわたしを止めるのです。

「あ、あの、乗り越したみたいなんで、差額払いますから戻らせてくださいよ。」

「お客さん、もう終電ですよ。電車、動きませんよ。」

(え゛?)

「お客さんどこへ帰られるんですか?」

大井町・・・」
「え゛?」

後で、地図を見て驚いたのですが、どうやったら自由が丘から大井町行きに乗って鷺沼なるところに辿り着くことが出来るのでしょうか?その時わたしは、「鷺沼」がどこにあるのかも見当がつきませんでした。駅員から追われるままに外へ出て、タクシー待ちの行列の人に聞いてみました。

「あの、ここどこですか?」

「は?ここ?鷺沼ですけど?」

鷺沼ってどこにあるんですか?大井町は遠いですかね?」
「大井町ぃ?」

列に並ぶ人達の肩が震えていたのは、きっと寒さのせいでしょう。そうです。とても寒い夜だったのです。自分がどこにいるかわからないと言うのは、これほど心もとないものなのかと、わたしはひとつ賢くなりました。呆然としているわたしに、そのとき怪しげな男が声をかけてきました。

「大井町へ帰るんですか?」
「ええ、そうなんですけど・・・・ここはそのぉ、地図で言うとどの辺にあるんですか?」

「車の中で地図見せてあげますよ。あの、大井町まで5000円でどうです?」

彼は客引きのタクシーでした。駅のロータリーに入る資格がない、登録していないから、あそこで客引いてるんだと言っていました。多分、あの時間帯、わたしみたいなのが毎日何人かは居るだろうと思いましたが、確認する気にはなりませんでした。車の中からホテルに電話を入れました。まだチェックインをしていなかったのです。

「え?鷺沼にいらっしゃるんですか!・・・・・あのぉ、・・・・・無理してチェックインなさらなくても良いですよ。」

と、ホテルマンは言ってくれましたが、明日の予定なども考えると、大井町まで戻った方が良さそうでした。ホテル代金と同じ金額を払ってホテルに帰ると言うのも、滅多に出来る体験ではありません。こう言うときは「滅多に出来ないことを体験出来た」とポジティブに考えるしかありません(しかし、わたしは後年また酒に酔って「滅多に出来ないこと」を体験するのですが)。

「いや、お客さん、わたしもあんまり安くしたら困りますけど、ひと晩待って客なしじゃあダメなんで、少しは安くするんですよ。鷺沼から大井町まで5000円だったら安いはずですよ♪」
と、運ちゃんは言っていましたが、これが本当に安かったのかどうかは、精神衛生のため確認していません。もし、ご存知の方がいらっしゃっても教えないで下さい。それにもう、前世紀の出来事なんですから、タクシーの相場だって違っているでしょう。

ホテルに着いたのは午前2時頃でした。楽しみにしていた最上階の展望大浴場もすでに閉まっていました。わたしは、缶ビールを飲み直して眠り、そして翌朝、大浴場の朝風呂を満喫し、汗を流してスッキリして、そして心に誓いました。

(今度「K」と飲むときは、大井町で飲もう・・・・・)

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2007年1月 2日 (火)

【Schlaraffenland】

Schlaraffenland (シュララッフェンラント)():怠け者の楽園 ・・・・・ ちゃんと辞書に載っている言葉。ファラースレーベンがこの題で詩を書いており、それにシューマンが作曲している。また、ブリューゲルには同名の絵画がある。

Brueghel_schlaraffenland_1

ある方のブログで、表題の言葉が使われていました。「怠け者の楽園」っ!

実は、大学時代に哲学科の美学美術史専修コースに居たので(居ただけ)、このブリューゲルの絵は見たことがありました。日がな一日こんなことばかりやっている国は多分ないと思いますが、時々なら、このような状態は各地で観られますね。ナイフの刺さったブタが走っているところなんか、動物愛護の精神に反することは明らかですが、正直、笑ってしまいました。

ファラースレーベンの詩にシューマンが曲をつけたもの (op.79 Nr.5) の音源が手元にあります。諧謔調の旋律がつけられています。わたしの持っているCDはアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが歌っています。伴奏はベンクト・フォルシュベリ。
ファラースレーベンの詩によると、その怠け者の楽園では、小川にはミルクと蜂蜜が流れ、岩間からはこんこんとワインが湧き出てきて、果物はもちろんケーキやバターパン
(Butterwecke) が枝もたわわに実っていて、どの道も場所も砂糖のトルテ (Zuckertorte) やボンボンやマジパンで造られていて、橋はブレーツェルで出来ているそうです。この内容からすると、「ドイツの怠け者」の楽園らしいです (^m^)
わたし的には、ビールの泉、葉っぱがすべてポテトチップスの樹が茂る森、揚げ出し豆腐の温泉に、たこ焼きのなる樹(樹液はおたふくソースで花粉が粉かつおで葉っぱをもみもみしたら青のりになる=「たこや木」と言ふ)なども欲しいですな。

そして、ファラースレーベンの詩は、誰もがそこを目指して行ったのだけれど、街の門の前にはスモモのムース(Pflaumenmus) が山になっていて誰もそれを越えていくことは出来なかったと結ばれてあります。「そんな国はないのだよ」と言いたいのでしょうか?

でも、本当にそんな国があって、門の前にスモモのムースがてんこ盛りになっていたのならば、きっとそこを訪れた怠け者達によって、ムースは食い尽くされて門が現れたかも知れません。怠け者というのは、こと怠けることに関しては勤勉ですから(爆)。それに、「楽をしたい」という欲求が文明を進歩させてきたとも言えますね♪

あなたの「怠け者の楽園」には何がありますか?(^m^)

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2007年1月 1日 (月)

【Neujahrstag】

Neujahrstag (ノイヤールスターク)():元日、元旦 ・・・・・ 日本の元日は、お正月料理や年賀状、初詣の疲れなどとともに、長期休暇の安堵感の中で明ける。ドイツの元日は硝煙の臭いとともに明ける(爆)。路上には大晦日の花火大会の名残が散乱している。清潔を旨とするドイツの街が、1年で唯一ゴミとともに迎える朝である。懐かしい・・・・・

当ブログにお越しの皆様、新年おめでとうございます。
とは言いましたが、これは人間同士の挨拶ではなく、新しくお出ましの年神に対する挨拶なんだそうです。知りませんでした(^^;)

ドイツでは、さすがに元日はお休みですが、2日からはもう仕事です。まあ、クリスマスから16日頃まで、ウアラウプ (Urlaub) と言う長期休暇を取っちまう人もいますが。

取引先が日本以外にある場合、年が明けると、日本人が休んでいる間にたまった仕事がどっさり、と言うこともしばしばあります。大儲けの予感(爆)。

良い1年をお過ごし下さい♪

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