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2008年2月27日 (水)

【Tischtennis】 卓球

Tischtennis (ティッシュテニス) ():卓球 …… ちり紙テニスではなく卓球である、卓球。

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 いま、世界卓球選手権が話題である。昨日は、女子が韓国にドラマチックな逆転勝ちを演じ、男子もロシア相手にストレート勝ちした。元卓球少年の樅の木は、テレビの前で素振りしながら「サァー!」とかやっていたのであった。

 小学生の頃初めてラケットを握り、それから高校卒業まで卓球少年だった。その中で想い出すのが、中1から中2に上がる春に名古屋で世界卓球選手権が開催され、仲間と一緒に日帰りで観に行ったことだ。兵庫県尼崎市の卓球少年の場合、名古屋に行くなら近鉄という手がある。新幹線より遅くて安い。でも、特急列車なら結構快適に旅することができる。朝早く起きて、友達と待ち合わせて近鉄特急で名古屋へと急いだ。

 名古屋での世界選手権は第31回目の世界選手権だった。当時は中国とのピンポン外交が話題になっていて、文革の影響で中国は世界選手権を2回パスしていた(=4年間)のだが、名古屋では復活するというので、それもまた話題であった。当時の名選手のプレーを間近に見て興奮した。自分もあれくらいできそうな気になった(その感覚はそのあとあらためてラケットを握るまでは続いた)。

 当時、日本の卓球はまだまだ強かった。世界のトップレベルであり、中国以外は敵ではなかった。長谷川信彦、伊藤繁雄、河野満、田阪登喜男と言った選手が、とてもレベルの高いプレーをしていた。しかし、世間の注目は集まらなかった。競技としては、どうも華がない。やったときの楽しさと、見るときの楽しさのギャップが大きいような気がする。わたしは、そこそこ卓球を経験した人間であるが、やはり観て楽しいと言う要素では、野球やサッカー、あるいはバレーボールやテニスの方が多いと思う。ましてや、卓球の素人さんなら尚更だろう。

 しかし、わたしが「現役選手」でラケットをブイブイ振り回していた頃は、まだ「卓球はネクラ」とか言われた覚えはなかった。わたしが競技をしなくなってしばらく経ってから、そんなことがちらほら言われるようになった。悲しい (ToT) 注目を浴びない上に、ネクラなどという風評被害まで立ち、オマケに世界で勝てなくなって、と、(競技から遠ざかっていたからそう感じるのかも知れないが)卓球界にはしばらく良いことがなかったような気がする。

 しかし、最近では卓球も昔とは比べものにならないくらいに注目されるようになったと思う。ひとつはやはり福原愛ちゃんの子供時代からの「活躍」であり、石川佳純ちゃんや男子では水谷隼くんや岸川聖也くんのような若い力も台頭し、加えて最近では四元奈生美さんのような個性的な選手も出て来るようになり、また中国からの帰化選手なども増えて話題性が増えてきたからだろう。卓球の世界選手権がこれだけメディアに取り上げられるようになるとは、正直思っていなかった。

 確かに、卓球だけではなく、水泳などの各種競技の世界大会をその開催前から盛り上げて大々的に報じていくという姿勢は、最近顕著に見られるようになったと思う。テレビなどは、そうして世間の耳目を集めて視聴率獲得という目論見があるのだろう。商業主義とも言えるが、スポーツの振興には役立っている。映像技術の進歩などもあり、スポーツを映像で楽しむと言うことが娯楽として確立したということなのかも知れない。

 卓球のルールも大きく変わった。わたしがやっていた頃は、ユニホームは単色濃色でなければならなかった(ボールが白くて小さいから)。でも、今ではいろいろと華やかなユニホームが登場している。四元さんほどでなくても、ナショナルチームが使っているユニホームだって、昔のと比べたら天地ほどの差がある。

 それから、わたしがやっていた頃は1セット21点だった。今は11点。11点で勝負が付いてしまうと言うことは、立ち上がりのミスを挽回しにくくなると言うことである。21点まであれば、少しずつ挽回すると言うこともまだできたと思うが、11点だと追いつく前に終わってしまいそうだ。サーブも5本ずつだったのが2本ずつになっている。何年か前にこのことを知ったときは驚いた。まるで、浦島太郎だ。世の中は変わっていく。卓球も変わるのだ。


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