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2008年6月24日 (火)

【Wettbewerb】 競争

Wettbewerb (ヴェットベヴェアプ)():競争、競合 …… これに形容詞をつけると、freier Wettbewerb で「(特に経済上の)自由競争」、harter Wettbewerb で「厳しい競争」などの意味合いになる。フリーランスも考えてみればWettbewerbの真っ只中にいるのだが、競争相手が具体的に目に見えないことが多いので、何となくのんびりしてしまうことも多い。競争下にある(im Wettbewerb stehen)ことにすら気付かない人もいるだろうか? そうであれば、負けたことにも気付かないので、結局は彼が勝者なのかも知れない。

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競争というのは悪いものではないと思う。

先日、秋葉原で起こった通り魔殺人事件では、メディアがその犯人の世代について語るときに、『親や教師などが競争を忌み嫌い、言い争いすら許されなかった』という誰かの発言がどこかで引用されていた。新聞だったと思うが、もしかすると週刊誌か、ネット配信されたニュースだったかも知れない。

喧嘩をしないためには、極論を言えば「喧嘩そのものを知らない」で過ごすか、そうでなければ「喧嘩の愚かしさを知る」ことだろうかと思う。人間にできるのは後者の方だろう。しかし、そのためには多少の喧嘩は許容されなければならないと言うことになって、問題は周囲がそれをどこまで許すかと言うさじ加減を知っていることにかかるだろう。そうすると、その周囲もそれを「実践」もしくは「実戦」で学んだということに他ならない。矛盾に満ちたテーマだ。おそらく「喧嘩をしてはいけない」という命題に間違いが含まれている。

しかし、喧嘩に限らず「愚かなことをしない」ためには「愚かなことをして、それがどれほど愚かであるかを悟る」のが最も確実な道なんだろうなと思う。子供のする競争などは、まだまだ可愛いものであるように思う。子供の頃から「程よく」競争していれば、彼らも経験が足りないだけで後はほぼ全き人間であるのだから、自然とやって良いことと悪いことの区別もつくようになるだろうとわたしは思う。ただ、わたしには子供がないので、子供が周囲からどういう影響を受けているのかがリアルにはわからないので、もどかしい気がする。

競争は、両刃の剣のようなもので、悪しき結果を生むこともあるが佳いものを産んでくれることもある。人間の社会の発展は、競争の結果であると言っても良いと思う。

先日帰阪した折に、大阪駅前の変わり様をじっくり体験した。

いつもなら、伊丹空港からタクシーまたはバス、あるいは新大阪駅からタクシー、またはマイカーで名神尼崎インターから直行と言う手段で帰宅するので、大阪駅を通ることがなかった。先回は、高速バスを使ったので、国鉄、もといJR大阪駅の近辺をくまなく歩いた。

学生時代にはグリークラブの一員として音楽にのめり込んでいて、大阪駅前第2ビルの2階にある「ササヤ書店」という知る人ぞ知る楽譜屋さんに入り浸っていた。そのため、そのビルの喫茶店などで過ごすことも多かった。第2ビルは今でもほとんど変わっていない気がする。懐かしい。そのビル内にある床屋で散髪をして貰った。すると、これが大変上手だった。大阪は、何をするにも激戦地である。だから、これくらい当たり前なのかも知れないと思うが、シャンプーの際の指使いが巧みなこととか、顔剃りの丁寧なことなど、現在の地元北関東某県某市の行きつけの床屋のやっつけ仕事とは雲泥の差があった。料金も北関東某県某市の行きつけの店より500円高いだけだが、サービスを受けた感じでは倍ぐらいのサービスは受けたと思う。

顔剃りが終わった後、「顔を洗ってください」と言われて、腰を浮かして顔を洗った。これは、客が顔剃りがきちんとされているかどうかを確認するための儀式なのだ。北関東某県某市でこのように言ってもらったことは一度もない。そして、終わった後自分で触ってみると、まだまだじゃりじゃりしている。はっきり言うてよろしいか? へたくそ! 大阪駅前第2ビルの床屋さんで顔を洗って確認したところ、つるつるであった。頭ではなく顔がである(念のため)。

――プロやなぁ――

気分よく店を出て、地下道を歩いて大阪駅に戻り、駅ビルの「頑固寿司」に入った。

ここも、気合いが入っていた。

カウンターの中にいるのは女性がほとんどだった。しかし、皆さんよく声が出る。お客さんが来店したときにかける声が決まっていて、全員で声を揃えて迎える。そして、頃合いを見計らって板長的な男の店員が本日のお勧めメニューを朗々と歌うように発声すると、その他の店員が全員で声を揃えて復唱する。客の回転が早いせいもあるが、テンポがある。北関東某県某市の回転寿司のテンポをモデラートとするなら大阪のそれはアレグロぐらいだと言える。でも、地元民にはこれくらいが当然なのだろう。箱根の山の東に身柄を移して可成りの年月が経った。大阪のテンポをすっかり忘れている。そう言えば、大阪環状線の車内で聞いた大阪弁会話の現物。わたしの大阪弁はもう、ピュアでなくなっているのを感じた。

競争の中に身を置いて、気合いを入れて仕事している人の気に触れて、わたしは少し元気になった。

大阪 ―― やるやんけ

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コメント

この言葉はたしかに現代において深い意味をもちますな。長いこと、(主に経済にかんして)競争競争と促進されてきた。mehr Wettbewerbは合い言葉のようでこれによって品質改良なども促進され癒着はなくなりいいことづくし~ついでにデモクラシも~促進。
理屈ではそうだったけどふたをあけてみたら中国などの躍進、労働力の高い高いドイツでは失業率も高まる…

競争、はドイツには皮肉にもつらい言葉ではないかなぁ~

投稿: spatz | 2008年6月25日 (水) 15時13分

競争もケンカも、基本的に好きです~。自然な欲求の一つだともう思うし。
でも、人を蹴落とすとか、自分だけ得するんじゃなくて、よろこびやアガリを分け合えないとよくないことにつながりますな・・・。
私のこどものころは、加減や、真面目な遊び感覚、反射神経、許す、なんてことも合わせもってた子が多かったなー。
近頃の親はヘンだから、子供はある意味被害者だと思ふ。

投稿: あむ | 2008年6月25日 (水) 17時42分

spatzさん♪

競争は、負けてばかりではないのが良いと思います。負けても勉強になるし、勝てば嬉しいし。何というか、世の中というのは最後の最後には帳尻が合うように出来ている気がします。
失業の件は大変ですが、長い長い人類の歴史から見ればほんのひとコマ。我慢のきく彼らや我ら(?)は、また新しい活路を見つけていけるのではないかなあ……

投稿: 樅の木 | 2008年6月25日 (水) 22時42分

あむさん♪

競争と言っても良いし、欲と言っても良いかも知れません。欲もいろいろありますが……
もっと美味しいものが食べたいと言う欲が、食文化を創ったと思いますし、いろんな佳いものも、悪いものも欲から産まれたように思います。
人生も、生活も、銀行の口座も、動きのあるのが良いですね。

投稿: 樅の木 | 2008年6月25日 (水) 22時49分

うちの銀行口座の動きは超高速ですよー
入ったとたんに出て行きます・・・ (-_-;)

投稿: あむ | 2008年6月25日 (水) 23時34分

あむさん♪
某所で昔仕入れた話ですが、動いている口座の方が信用があるので、借金もしやすいそうです。うちの口座も信用…… あるかな?

投稿: 樅の木 | 2008年6月26日 (木) 09時33分

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