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2008年8月18日 (月)

【Olympiade】 オリンピック

Olympiade (オリュムピアーデ)(女):オリンピック …… 参加することに意義があると言うクーベルタンの名言は、今や聞かれなくなった。汗と涙と感動のスープに金、政治、権威、名声などの具を入れたEintopf(ごった煮)とも言えるか。時々化学調味料を使う奴がいるらしいが、なんだかんだ言いながらやっぱりみんな喜んで食べている。


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 開始前はずいぶん物議をかもした北京五輪だが、やっぱり始まればみんな熱狂する。警官が襲われたとか、グルジアにロシアが攻め込んだとか、プレスが拘束されたとか、周辺には焦臭いものもあるが、ミュンヘンの時にはテロがあったし、東京オリンピックの時にはどこぞの国が核実験をやった。モスクワは、日本など西側諸国はこぞって不参加だった。オリンピックには、毎回何か政治がらみの「要らない具」が突っ込まれる。「肉じゃがに洋梨入れるな!」って感じである。

 閑話休題。

 わたしの覚えている最古のオリンピックは何を隠そう東京五輪である。可成りうろ覚えの部分もあるが、しっかりと覚えている。アベベ、東洋の魔女、円谷、男子体操、チャスラフスカ、三宅兄弟…… いちばん印象に残っているのは札幌の冬季オリンピックだった。日の丸飛行隊の表彰台独占は忘れることはないだろう。そして、トワ・エ・モワが歌った公式テーマソング「虹と雪のバラード」は今でもわたしの重要なカラオケ・レパートリーのひとつである。ただ、相手を探すのがたいへんだ。

 YouTubeで聴けるかな?と思って検索してみると、あったあった♪ なんと、トワ・エ・モワは再結成したんだそうだ。オッさんとおばはんになったトワ・エ・モワもなかなか良い。白鳥英美子さんの声は今でも伸びのある美しい声だ。お口の大きさも昔のままだ。いつもその添え物のように言われ続けていた可哀想な芥川さんは、音楽教室などをやっていたらしく、やはり彼も音楽からは遠ざからずに頑張っていたようだ。聴いてみると、その歌声には彼の半生の歴史が詰まっている。トワ・エ・モワ全盛のころの芥川氏は歌も見た目も少々野暮ったい印象があったが、再結成した今の歌声は、この半生の苦労が滲み出ているのか、可成り泥臭くなっている。

 北京オリンピックから、連想がこのように進んでいって、トワ・エ・モワをはじめ、その当時の音楽をYouTubeで片っ端から聴く一夜を過ごしたら、翌朝新聞にあの札幌オリンピックの日の丸飛行隊のひとり、青地清二さんが亡くなられたことが報じられていた。少々早めの旅立ちではないかと思うが、ご冥福をお祈りする。

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2008年8月 1日 (金)

【Moll】 短調

Moll(モル)(中):短調 …… 憂鬱、憂愁、等という意味でも使われる。長調は明るく、短調は暗い、と言うステレオタイプの理解がなされているがその通りである。わたしは、子供の頃から短調で書かれた音楽が好きであった。長じてグリークラブで歌を歌っていた頃、長調の曲を短調に転調して歌うことが流行ったことがあった。いまは懐かし「合ハイ」の罰ゲームでは、長調の曲を短調に転調して歌いながら腕立て伏せまたは腹筋をすると言うのが採用されることもあった。「咲いた(♭)~、咲いた(♭)~、チューリ(♭)ップのはな(♭)が~♪」などのように「演奏」する。短調でも、とりわけ悲しい曲調のものを「ど短調」と言う。

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 短調と言えばやはりロシア民謡であろうか。わたしは子供の頃からロシア民謡が好きだった。

 生まれて初めて聴いたロシア民謡は何だったのか、まったく覚えていないが、おそらく「ともしび」だったと思う。♪夜霧~の彼~方に~、別れ~を告げ~、雄々し~き益~荒男~、出でて~行~く~♪ と来れば誰でも知っているはず。多分NHKの「みんなのうた」で聴いたのだと思う。

 あの頃、「みんなのうた」では昔からの名曲が放送されることが多かった。歌っていたのは、例えば西六郷少年合唱団などで、名前を今でも覚えている。最近の「みんなのうた」は妙に媚びたようなポップなものが多いような気もするが実際はどうなのだろう。古き良きものに触れることは良いことである。

 「みんなのうた」でいちばん記憶に残っているのは「さあ太陽を呼んでこい」という歌で、これもたしかどこかの少年合唱団が歌っていた。♪夜明けだ夜~が明けて行く~、どこかで誰~か口笛を、気~持~ち良さそに吹いている、最後~の星~が流れてるusw ふと思い出して検索してみると、なんと石原慎太郎作詞、山本直純作曲であった。へえ~。そして、この曲も短調だ。

 どこかで誰かが言っていたことだが、「短調の曲を歌わせるのは、子供らしさを失わさせる」とか、そのような主旨の発言を聞いたことがある。アホか。短調のもの悲しい曲を聴いて、子供なりに「哀切」を感じることも良い体験だとわたしは思う。

 わたしの好きな作家のひとりに朱川湊人(しゅかわみなと)さんと言う方がいる。「不思議系」のお話しを書く人で、中にはキモいおはなしもあるが、基本的にほのぼのとした暖かい読後感を与える作品を書く人である。オール讀物で新人賞を受賞してデビューしたら、数年で「花まんま」という短編集で見事直木賞も貰っちゃった人である。

 その直木賞受賞作である「花まんま」という短編集の最初の短編「トカビの夜」で、主人公とその友達の会話の中に「パルナスのCMソング」が登場する。主人公の友人チェンホが胸をさすりながら「何かその歌、寂しい感じがするやろ。聞いとったら、このへんがシクシクするような気がするんや」と言うシーンがある。

 この短調のCMソングは、わたしぐらいの年代の人にはとても懐かしいものである。ただし関西周辺でしか聞かれなかったようで、モスクワの味とか銘打っている割には、日本でいちばんロシアに近い稚内生まれのわが妻は「知らん」と言った。これは、中村メイ子さんとボニージャックスが歌っていた。心に残るCMソングとしてCDにも収録されたと言うが、パルナスの会社自体は、過当競争の時代に入ってから「やりたいことはやり終えた」として無借金黒字経営のまま2000年に営業を停止し、2002年には精算も終了したと言うことだ。今でもあるかどうか知らないが、阪神尼崎駅にある喫茶店「モンパルナス」はパルナス出身の店主が、パルナスの製法を受け継いだピロシキなどを供する店であるという。詳細はウィキペディアで。

You-Tubeでもありますな。探偵ナイトスクープで取り上げられたらしい。この頃はまだ営業していて、豊中の本社まで押しかけている。社長はんのざっくばらんなところがおもろい。

え? なんと、わが後輩たちの歌うアカペラまで! (ToT)

嗚呼、ユニフォームもエンブレムも昔のままやんけ~ (ToT)

なんか、今回の記事の主旨、完璧に外れてる~。短調から始まって、気の向くままに書いてたら「みんなのうた」に行って、「哀切」とか言うてたら、パルナスに行き着いて、検索してたら後輩達の勇姿にたどり着いてしもた。懐かしい。今は団員数もずいぶん減って、消滅しそうやとか聞くけど、頑張ってくれ~!

あ、なんだかだと言いながらロシアに帰ってきた……

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