« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月28日 (日)

【Schöpfung】 創造

Schöpfung(シェップフング)(女):創造 …… 何かを創ること。神の天地創造を表すのにもこの語が用いられる。ドイツの学校では宗教の時間で聖書に書かれている創世記なども教え、理科の授業では進化論を教えている。矛盾と言えば矛盾であるが、世の中には矛盾があり、人間は矛盾と向きあいながら生きるのだと言うことを教えるという点において、何の矛盾もない。

**********

聞くところによると、進化論も科学的に100%お墨付きを得ているわけではないと言う。何らかの生物が別の生物に進化したことを推論させ得る発見も、言わば状況証拠にとどまるそうである。メディアに登場する各種オピニオンにおいて、進化論を自明の常識のように書く論調がしばしば見られるが、学校できちんとものを教えていないと、真理と確定されていないものを真理と勘違いする人が増える。これは進化論だけの話ではない。学校の授業に宗教の時間を設けたり、相反する視点の「論」や「伝承」を生徒に教えるという芸当は、日本の教育シーンでは無理なのだろうか。何を自分の指針として生きるかは、本人に選択させれば良い。と言うか、本人に選択させなければならない。

さて、創世記によれば神は自分の似姿として人間を「創造」されたと書かれている。このことの真偽についてはさておくしかない。人間の科学では未だ検証することができなさそうだ。しかし、量子力学などの最先端に居る人たちは、俗に言う「非科学的なこと」が後々「科学的なこ」とになる可能性についても閉鎖的なスタンスではないと言うことをどこかで読んだ記憶がある。是とか非とか言うのではなく、このような「決めつけない態度」は何においても必要だと思う。

ところで、最近は人間も創造を始めている。神様の真似をしだしたと言えるか。

日本の誇る技術のひとつであるロボットなどは、最もわかりやすい「人の似姿」である。わたしが子供の頃から「オートメーション」という言葉がよく聞かれたが、あれも広義で言えばロボットのひとつであろうか。この他にも人工知能と呼べるものは数多い。このコンピュータにしても外見は人間とは似ていないが、してくれることは人間以上であったりする。「寂しい」とか「むかついた」とか「腹減った」とか文句を言うことがない分「ナイス」であるが、放置しておくと死ぬ。これも人間に良く似ている。

最近驚いたことがひとつある。それは「ヴォーカロイド(Vocaloid)」と言うものだ。名前なども付けられている。いちばん有名なのは「初音ミク」と言うらしい。簡単に言えば歌を歌ってくれるソフトだ。わたしは実物を持っているわけではないので、Vocaloidについての詳しいことや正確なこと、および信用できることや感動的なことをお伝えすることはできないが、要は作曲ソフトの拡張機能というところなのだろうと思っている。このVocaloidを使って作成したものを再生するときに、歌を歌う画像も作成でき、その画像すなわちキャラクターにそれぞれ名前が付けられている。そのひとつが前記「初音ミク」である。

このお姿がなんともアニメ大国ニッポンらしい。床まで届く緑色の髪のツインテールに、衣装はいろいろあるようだがひと言で言えば「ヲタク系」と言うべきか「アキバ系」と言えるのか、良くわからないのでひと言で言えない。表情が何種類か有り、また芸の細かいことに妥当な時間的間隔をおいてまばたきもする。そのうち、きっと動作を加えることができるようになるに違いない。YouTubeでもこのソフトで作った作品が実に沢山あるので驚いた。いろいろ見てみると、「どんだけぇ~」と言うようなものもあるが、結構聴かせるものがあるのでまたまた驚いた。

例えば、天空の城ラピュタの「君をのせて」

http://jp.youtube.com/watch?v=vUAV9lCZoaw

笑ってしまったのが、魔笛の「夜の女王のアリア」

http://jp.youtube.com/watch?v=51q6am2SPhE

おそらくアルファベットで歌詞をインプットするとそれを読み取って、一定の規則に従って再生してくれるのだろう。この「夜の女王のアリア」はドイツ語だが、可成り訛っている。しかし、High F まで出すことを求められるこのアリアは、この手の再生方法が妙にしっくり来る。内容と画像のミスマッチもわたしの笑いのツボに近い (^^;)

わたしはかつて、編曲をするのが好きで(できれば作曲だってしたいのだが、翻訳はできても小説は書けないのと良く似ている)、書いたものを演奏するにはアンサンブルの仲間を必要とした。手間がかかるのと機会が限定されるのがもどかしかったのを思い出す。もし当時Vocaloidと言うものがあったら、絶対にはまっていただろうと思う。聴くだけなら初音ミクなどより「名人」の演奏を聴く方が良いに決まっているが、自分で編んだ音を歌付きで手軽に再生できるという点で、一部マニア(ヲタクと言ってもよいが)にとっては、とても楽しい玩具だろう。しかし、これも人の繋がりを希薄にする危険を孕んでいる。音楽は生で聴くのが良いし、もっと良いのは自分で演奏することだが、この楽しみを知らずしてVocaloidだけにはまる人もいるのだろうと思うと、妙な気分ではある。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »