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2009年2月27日 (金)

【Eiszapfen】 氷柱(つらら)

Eiszapfen(アイスツァプフェン)(男):氷柱(つらら) …… 通常、寒冷地方の軒などにぶら下がる、寒さの象徴のような存在。これができるためには、降ってきた雪が一度は解け、そして落下するまでに凍らなければならない。実は絶妙なタイミングが必要。「解ける」と「凍る」という相反するふたつの現象がほぼ同時に起こるというのは、もしかすると奇跡なのかも知れない。

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暖冬と言われた今年の冬だが、ここに来て冬らしい日が増えている。今日などは、朝方の気温よりも昼間の気温の方が低いと予想されている。どんな日になるのかと思っていたら、やはり朝起きた直後よりも、昼前あたりのほうが寒く感じた。

わたしは、部屋の空気が暖かすぎると頭が働かなくなる質なので、少々寒くても暖房は使用せず、最悪の場合でも、腰に毛布を巻き上半身にはダウンベストを着るというかたちでパソコンに向かっている。ディスプレイをみて翻訳をしながら、ディスプレイに白い息がかかるのを見ている。画面が凍り付かないのを願うばかりだ。ここで寒さに負けて暖房を入れて心地よくなってくると、ハイバックの椅子にもたれて眠り込んでしまうことになる。しかし、今日はさすがに暖房を入れる誘惑が強くなっており、どうしようかと迷いながら先にブログの記事を書いている次第。

仕事部屋のベランダをふと覗いてみると、ベランダの床にシャーベット状の雪がたまっていた(積もっていたとは言い難い)。おそるおそるベランダに出てみた。部屋の中が外と大差ない気温なのでさほど寒いとは思わなかったが、決して寒くないのではなく、部屋の中からしてすでに寒いと言うことである。そのベランダの手すりに氷柱のようなものができているのを発見した。金属製の手すりは可成り冷えているのだろう。それにしても、こちらに越してきて初めてこのような現象を目撃した。稚内生まれのわが妻は、関東の冬を鼻でせせら笑っているが、わたしとて、生まれは関西だが、ドイツの冬を十回以上も体験している。アウトバーンを走りながらツイストして冷や汗をかいたこともあるし、膝まで埋まる程度の積雪なら何度か体験している。居宅が四つ角に面していたため、雪かき(と言うより歩行者の通路確保作業)は結構上達した。しかし、長らく関東のヤワな冬に身体が慣れてしまった今では、今日ぐらいの寒さでもくしゃみと洟水が絶えない。ティッシュペーパーが底をついたので、ドイツ人の習慣を思い出して、Taschentuchで洟をかんだりしている。

Tsurara_01

  Tsurara_02

 

垂直の氷柱らしい氷柱と、そうでないやつと……

さぶ……

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2009年2月23日 (月)

【Zu Fuß gehen】 徒歩で行く

Zu Fuß gehen(ツー・フース・ゲーエン)(熟語):乗り物を使わずに徒歩で行く …… 言葉に忠実に言うなら、「脚で行く」あるいは、「徒歩で行く」と書いて「かちでゆく」と読むのが良いかも知れない。要は乗り物に乗らないと言うことであって、移動する際に身体が一時宙に浮くかどうかは問題とされていないらしい。

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 先日、車を車検に出した。前回の車検は自分で検査場に持っていって通したのだが、それでまる半日つぶれてしまった。半日つぶれるというのは、「仕事」という視点からは、ほぼ丸一日つぶれるのに等しい。丸一日みっちり働けば、自営業の場合、車検の工賃プラスアルファぐらいの収入になり得ることを考えれば、自分で通したのが得だったのか疑問符がつくなと思った。今回の車検も、始めは自分で持っていくつもりだったのだが、どうもスケジュールが合いにくく、ディーラーに頼むことにしたのだ。

 とは言っても、期限ギリギリまでぐずぐずしていたので、駆け込み的な車検申し込みとなり、期限には間に合ったが代車がないと言うことになった。 まあそれも仕方あるまい、たまには車のない生活をしてみるのも悪くはなかろうと考え、地元の竜ヶ崎のディーラーに安物のスバルに鞭当てて向かった。

 車検の手続はあっという間で終わった。では帰るぞと席を立ったところで、「駅までお送りしましょうか」と客商売なら当然の台詞があったが、顔に「忙しいからできたら自分で帰ってくれないかな~」と書いてあった。わたしは、権利やサービスを貪る趣味はないので、「いえ、散歩がてら歩いて帰ります」と立ち上がった。嫌そうな顔をした人間に送ってもらいたいなどとは露ほども思わぬ。我は行く、さらばスバルよ。

 この日は、この暖冬にあって珍しく冬らしい日だったので、家を出るときに、この冬ほとんど出番のなかったウールのコートを着て来たので、まあ、冬の冷気を楽しむぐらいのつもりで居た。ドイツ暮らし10年以上であるから、当然、散歩と言えば可成り気合いを入れて歩くものと心得ている。ディーラーを出ると、その隣の家のご主人らしき人が、可哀想にこの寒いのに玄関口で煙草を吸っていた。きっと、この家のカミさんは鬼嫁に違いない。いや、この旦那の年格好からすると、鬼娘も居るかも知れない。

「すみません」

「はい?」

「最寄りの駅にはどう行けばよろしいでしょう?」

「え゙っ? 駅ですか?」

 顔に、(遠いですよ)と書いてあった。記憶ではそうでもなかったはずなのだが。

「はい、竜ヶ崎駅までですけど」

2キロはありますよ」

 2キロの道のりが遠いとは全く思わないのだが、まあ、すぐそこでないのは確かだ。ご主人は、愛想良く道を教えてくれた。わたしは礼を言って、2キロのお散歩を開始した。靴は革靴だったので、4km/hで歩くことにした。そうでなければ6km/hで行くところだ。わたしは、この2段階で歩くスピードをコントロールすることができるのだ。人間も50年以上やっていると、これくらいのさじ加減はできるようになるのだ。2キロの道のりなら30分のお散歩である。久しぶりの運動には丁度良いくらいだと思った。

 風の寒さは平気だった。日頃、一日中パソコンに向かって座っている生活であるから、外気を吸いながら体を動かすのは気持ちの良いものだった。1キロ過ぎるあたりまでは…… orz

 なんと、今までいろんなところを歩いてきたけれど、初めて歩きながら股関節に痛みを覚えた。両方の股関節が、なんだか痛怠い感じになってきた。日頃鍛えていないから、太股や臀部の筋肉が落ちて股関節にかかる負荷が増えたのかも知れない。思えば、20代の頃にはわたしと良く似た変わり者の友人と一緒に、当時の居宅からライン河の畔まで片道9キロ往復18キロを革靴で歩いた(ドイツと言えばライン河。ライン見たさに装備を調えるのも忘れ、その辺のスーパーにでも行くようなノリで出かけたのだった)こともあるわたしが、1キロ歩いたぐらいで股関節痛とは落ちぶれたものだ。しかし、4km/hのペースは守り通し、およそ30分で竜ヶ崎駅に着いた。そして、佐貫から常磐線でひと駅行って牛久駅で降りた。牛久市には「かっぱバス」という格安のコミュニティバスがある。たしか100円均一のダイソー的な交通手段なのだが、便数が少ないのが玉に瑕である。次の便までは2時間ほどある。つまり、「今出たところ」だった。別のルートも考えられるが、そこまでするのも情けないので、さらに40分ほどかかるはずの我が家まで、もう一度歩くことにした。今度も4km/hで行こう。

 やたらテナント募集の看板を掲げた店の多いうら寂しい通りをてれてれと歩いていると、筋肉が目を覚ましたと言うべきか、歩く感触が変わり、股関節の痛みが軽くなった。まだまだわたしの足腰は捨てたものではないらしい。久しぶりに喝が入って、かつての鍛錬を思い出してくれたようだ。まあ、合唱の演奏会で2時間立ち続けて筋肉痛になるくらいだから、大したことはないのかも知れないが、家に着いた頃には、合計1時間歩いた疲れは感じていたが、股関節痛は消えていた。

 そして、中食(ちゅうじき)の後、仕事に取りかかりしばらくすると電話が鳴った。ディーラーからの車検金額の見積もりの連絡だった。ブレーキ系統の修理と、タイヤの交換(内側のワイヤーが出ていたらしい。知らんかった…orz)とで、およそ10万円ほどかかるらしい。まあ、そういう状態だったら、自分で持っていったら点検係のオッさんにダメを出されてむくれていたところだった。ディーラーに頼んで正解だったとは思うけれど、円高でユーロ建ての取引の実入りが少なくなっている時期に、車検10万円は痛かった。 徒歩歩……

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