« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月26日 (水)

【Partei】 政党

Partei(パルタイ)(女):政党 …… 政党以外の意味で使われることもある。政党とは、「共通の原理・政策をもち、一定の政治理念実現のために政治権力への参与を目的に結ばれた団体。政社」と広辞苑第二版に定義されている。

**********

 もうじき総選挙である。我が家にも入場整理券が送られてきた。住民として社会的に認められていることを確認できるという点で、これは定期的に行われることの意義がある。

 政権政党が変わるだろうと見られているが、どっちもどっちだと思っている人が大半ではないだろうか。

 自民党がだらしないのは政治に興味のない人でも感じることだろう。今回、政権政党が変わっても、それは民主党に期待してのことではなく、単に自民党に愛想が尽きただけのことだろう。自民を降ろしても何も変わらないのではないかと思いつつ、降ろさずにはいられない。

 しかし、民主党が結党したときからわたしは胡散臭いものを感じていた。民主党と名乗る政党に、旧社会党の議員が含まれていることがその理由の大半である。彼らはイデオロギー的に「転向」したのだろうか? そうではなかろう。もし彼らが、社会党員だった頃にやりたかったことを、今でも「民主党員として」やりたいと思っているのだったら、こんな人を馬鹿にした話はないと思う。民主党は、政権を取るために人数を集めただけの「烏合の衆」なのではないかと思う。防衛や外交面での政策が、党内でも一致していないと聞く。こんな政党とも言えない集団に政権を任せたくはない。

 かといって、自民党が良いのかというと、一度「お仕置き」が必要だとも思う。わたしは個人的には真面目な保守政党に政権を担って欲しいと思っているが、自民党がそれだとは思えない。その昔、「自・社・さ」連立等という信じられない芸当をしてくれたこともある。民主党はもっと違う。一党がすでにある意味自社連立なのだから、もはや政治理念がどこにあるのか窺い知れない。自民も民主も選挙用マニフェストなど信用できぬ。どちらも政党と言うよりはただの議員集団だ。

 だのに、入場整理券は送られてくる。どうせいちゅうねん。

 政界は一度シャッフルしてみてはどうか。ガラガラポンの大がかりなやつを。看板と中身の一致した政党を結成して、軸のぶれない政策で国家を運営して欲しい。自民党も民主党も、政党としてのスタンスがハッキリしない。これでは比例代表の投票のしようがない。今回は政権選択の選挙と言われているが、選択肢が空白の二択テスト問題を見るような気がする。CDUにでも入れたろか?

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年8月17日 (月)

【Widerholung】 繰り返し

Wiederholung(ヴィーダーホールング)(女):繰り返し …… 日本語化した英語ならリプレイと言うところだろうか。人生には繰り返してみたいものもあれば、二度と繰り返したくないものもある。一般に後者の方が多いらしいが、それが勉強と言うものかも知れない。

**********

 ところで、人生そのものは決してリプレイできない。誰もがそう思っている。

「あの時、ああしていたらどうなっていただろう?」

「あの時、ああしていなかったらどうだっただろう?」

「あの時、あの娘と結婚していたらどうなっていただろう?」

 などなど、決してリプレイできない故に妄想は膨れあがる一方だ。

 ところが、わたしはその決してできないはずのリプレイをしてしまったのである。

 別に不思議系の話ではないのだが……

 わたしが新卒で就職した某社は、衣料品関係の商社だった。商社と言っても機能的に商社であるだけで、巷では商社と言うよりはアパレルメーカーとして通っていた。

 周囲の人は「哲学科を出てなんでアパレルに?」と疑問に思っていたようだ。わたしとしては、哲学科に進んだのは美学専修で音楽美学をやりたいという動機があったので哲学科を選んだのだが、就職については何も考えていなかった。

 むしろ、就職のために進学先を選ぶのは「汚い」とまで考える書生頭であった。わたしが大学進学する前の頃は、「何故猫も杓子も大学へ行くのか?」とか、「大学へ行く意味は?」とか言う問いかけが同年代の間で頻繁になされていたような記憶がある。大学へ行って熱心に勉強するよりも、勉強以外のいろんなことを体験する方が人間の幅が拡がると言う考え方の方が優勢だったと記憶しているし、実際そう言う学生が大勢いた。熱心に勉強する学生はどこか「小物」のように思われていたように記憶している。

 本来なら(今思えば)、大学というのは熱心に勉強するところであり、そこで学んだことを社会に出て役立てるのが尊いのであるが、そう言う考え方はあの頃は可成り手厳しく排斥されていたように思う。日本の大学が駅弁大学化していて、大学とは社会に出るまでのモラトリウムとさえ言われていた。大学に進学する動機も、本音は「良い会社に就職するため」であり、その就職とは(その本人にとっては)大学名という看板でなんとかなる程度のもの、と言うケースが多かったのだろうか。だから、社会に「大学進学の意義」について疑問を呈する論調が幅をきかせていたのだろう。

 最近の大学がどうなのかわたしは知らない。しかし、「全入時代」とも言われる現代である。大卒の肩書きがあっても潰しは効かないだろう。また、会社に身を寄せると言うこともそれほど大きな安心にはならないご時世である。まあ、大学で何を学び何を経験するのかについて考えると、奥が深すぎてどうにもならないので、閑話休題。

 わたしは、新卒でアパレルの会社に入った。そして、しばらくは営業で頑張っていたし、そこそこの成績もあったのだが、体をこわして退職した。それから運命の悪戯によって、他人に言えないこともいろいろとこなし(?)、今日こうしてドイツ語の翻訳を生業にしているのである。この人生をリプレイすることはできない。もしも体をこわしていなかったら? それは誰も知らない、知ることはできない。それが普通だし、実際にわたしがその「もしも」の人生を実際に確認できたわけではもちろんない。

 

 新聞を開くと、わたしは必ず株式欄などに目を通す。

 為替レートは仕事にも直結するし、株価などもざっとは目を通しておく方がなにかと役に立ったりする。そのとき、昔勤めていたあの会社の株価もチェックするのだ。「元気かな?」という程度の意識なのだが……

 その会社の株式が、ある日見えなくなった。

 監理・整理銘柄になっていたのだ。不渡りを出したのだった。資金繰りについてはまだ不透明なようで、もしかすると倒産と言うことになるかも知れない。その兆候は以前から薄々感じていたので、それ自体は驚きではなかったが、わたしがもしその会社に居続けていたとしたら……? 実際はそう言うことはあり得ないのだけれど、居続けていたらこの年齢であるからそこそこ責任のある位置に居たはずだ。そしてやっと人生半世紀をやりすごしたこの時期に会社がこの状態になっている。

 もっと言えば、内定が出る寸前まで行って結局肘鉄を食らわせた同業界の某社も、同業界の大手の完全子会社になっている、それも今年。どっちの会社に入っていても、そこに居続けていたら(つまり会社内ではある程度の成功を成し遂げてリストラもされずに生き残っていたら)、それでもこの時期には遂にアウトと言うことになっていただろうと思う。そうすれば、この年齢になってしかもこのご時世で失業ということになり、子供もいたかも知れないし、家のローンもまだ残っていたかも知れない。今のわたしの現実の状況よりずっと厳しいorz

 実際は、わたしは会社組織でうまくやっていくとか、得意先相手に営業で華々しい実績を上げる等というような資質は持ち合わせていないので、決してそうはならなかったはずだが、それでもこの想像はずっしりと来るものがある。現在、この百年に一度のなんとやらのお陰で、自営業者は大変なのである。サラリーマンが羨ましくなったこともあるのだ。

 そこでこの事実。

 今この年代で経済的(もしくは経営的)な苦しさを味わうことは、すでにセッティングされていたかのような感覚がある。

 これがこの文章で「リプレイしてしまった」と書いたことの中身なのだが、まあこれをリプレイと呼ぶのは適切でないかも知れない。ただ、この新卒で入った会社の苦境を知るということを通じて感じたことは、久しぶりに少し心に染み込んでくる味があった。「たら」を考えるべきではないといろんな機会で言われるが、それは「リプレイできないから考えても無駄」だからではなく、どこでどう選択していても、「たら」の人生に入っていっても、結局同じ結果を体験することになるように思う。それは、人生での出来事というのは、幸不幸を問わずその人にとって必要なことであり、その人の中身が変わらなければ必ず訪れてくることなのだと言う感覚である。

 平たく言えば、「堅苦しい人」は、人生のどんな場面でどんな選択をしていても、その(おそらくは人から歓迎されないであろう)堅苦しさの故に似たような運命をたぐり寄せるということに似ている。「怠け者」しかり、「優柔不断」しかり、悪い面ばかりではなく「明朗快活」しかり、「頭脳明晰」しかり……

 過去を振り返って「もし~たら」を考えることの不毛さ感じた。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »