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2011年2月12日 (土)

【Eireis】 卵かけご飯

Eireis(アイライス)(男):卵かけご飯 …… あるいはReis mit rohem Ei(ご飯+生卵)という言い方もありか?

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卵かけご飯を知らない日本人はおそらくいないと思う。しかし、これは全国区の認知度なので、却ってさまざまなやり方があるらしい。

関東地方某所で卵かけご飯が話題になった時、ご飯に卵をかけてかき混ぜ、そこに醤油を加える、とか、ご飯に卵黄を乗せてかき混ぜ、そこに醤油を加えるというような作り方が前提とされていた。あと、小さな器の中で卵を溶いてからご飯にかけて醤油を垂らすというのもあった。

わたしが先祖から引き継いだ方法は少し違った。小さな器に卵を割り入れ、そこに醤油をどぼどぼと注ぎかき混ぜる。そしてご飯にかけて食べるが、その際足りなければもう一度醤油を注ぎ足す、というものだった。

卵かけご飯に、「ちょい足し」をする人も多い。わたしはせいぜい海苔だったが、凝った人になると卵黄だけかけて卵白はフライパンで炒めて卵かけご飯に乗せ、さらにちりめんじゃこを振りかけて食べるという人も居たが、それでは卵かけご飯の簡便さという長所が消えてしまわないだろうかと、しなくても良い心配をした。

わたしは何故か子供の頃、白いご飯に醤油をかけて大目玉を食らったことがある。それ以来ご飯に醤油をかけるのはわたしの密かな憧れであった。だから卵かけご飯は、子供の頃のわたしにとって、そんな憧れを満たしてくれる夢の食べ物だったのである。今は、卵かけご飯の卵抜き(=醤油かけご飯)も気兼ねなく食べることができるようになった。長生きはするものだと思う。

今では、わたし流の卵かけご飯は、丼に卵を割り入れ、醤油を注いで溶く。そしてその上にご飯を投入してかき混ぜる。普通の卵一個分だとご飯茶碗一膳には少々多いと感じている。はじめから丼でやれば洗い物もひとつで済むしご飯と卵の量も最適化できるのである。

それにしても、はじめから醤油を入れて卵を溶くのは、卵かけご飯としては少数派なのだろうか?

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2011年2月 4日 (金)

【Harre, meine Seele】 主に任せよ

Harre, meine Seele(ハレ・マイネ・ゼーレ):主に任せよ …… これは賛美歌291番、新聖歌298番に入っている美しい歌の題名である。

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 久しぶりにドイツの歌集を開いた。わたしの良い玩具である某作曲ソフトで好きな歌をアレンジして遊んでいたのだ。クリスチャンでもないわたしだが、今日は何故か知っている聖歌の旋律が心に浮かんできたので、それらにハーモニーを付けてみた。

「いつくしみ深き」、「調べも妙に」、そして「主に任せよ」。学生の頃、カトリック聖歌集のレコードを買って来て聴いていた。演奏していたのはS女子大学グリークラブ(女声のグリークラブだった)とJ大学の聖歌隊だった。Sの方は上手だったけれど、Jの方は男声で妙な声の人がいて聴くのが苦しかった(でも慣れた)。そもそものモチーフはRホテルのクリスマスキャロルのバイトで歌う曲探しだったのだが(笑)。

本日の表題の「主に任せよ」は良い曲だった。日本語の歌詞は、「主に任せよ汝が身を/主はよろこび助けまさん/しのびて春を待て/雪は溶けて花は咲かん/嵐にも闇にも/ただ任せよ汝が身を」と言うものだったと思う。記憶に残っている。何度も聞いた証拠だ。

 これはお葬式などで歌われる歌だそうだ。そう言えばそれに相応しい内容だ。これを教えてくれたのは確かドイツでよくつるんでいた唐変木だったが(笑)。どういう訳か、キリスト教関係の音楽は、葬式絡みのものが殊の外美しい。

 ドイツ語の歌詞を読んでみた。沁みた。最近いろいろあるからなぁ。

Harre, meine Seele, harre des Herrn, / alles Ihm befehle, hilft Er doch so gern. / Sei unverzagt, bald der Morgen tagt, / und ein neuer Frühling folgt dem Winter nach. / In allen Stürmen,in aller Not, / wird Er dich beschirmen, der treue Gott.

Harre, meine Seele, harre des Herrn, / alles Ihm befehle, hilft Er doch so gern. / Wenn alles bricht, Gott verläßt uns nicht, / größer als der Helfer, ist die Not ja nicht. / Ewige Treue, Retter in Not, / rett‘ auch unsre Seele, Du treuer Gott.

des Herrn はおそらく des Herrn Seele というところではないかと思う。

ちょっと訳してみた、もちろん意訳:

わが魂を主の御許に受け容れ給え。わが魂は主のものなれば。/ 主に身をゆだねるものすべてを、主はよろこび助け給う。/ 恐るるな、やがて夜は明ける。春が、冬に続いてきたる。/ 嵐の時も苦しみの時も、主は御身を護り給う。まことなる神。

わが魂を主の御許に受け容れ給え。わが魂は主のものなれば。/ 主に身をゆだねるものすべてを、主はよろこび助け給う。/ すべて破れても、主はわれらを見捨てず。苦しみが助けの主に勝ることなし。/ 永久にまことなる神、苦しみの時の救い。我らの魂も救い給え、まことなる神。

ネットで見つけた日本語歌詞:

主に任せよ、汝が身を/主は喜び助け在さん/忍びて春を待て/雪は融けて花は咲かん/嵐にも 闇にも/ただ任せよ汝が身を

主に任せよ、汝が身を/主は喜び助け在さん/悩みは強くとも/御恵みには勝つを得じ/真なる主の手に/ただ任せよ汝が身を

 クリスチャンですらないわたしの下手くそな文語の下手くそな訳詞よりも、ドイツ語の詩の方がよほど沁みる。ドイツ語の響きに癒しがある。本当は、身をゆだねただけで救われるはずもなく。やるべきことはすべてやって、万策尽きてからでないと、人も神様も助けてはくれまいと思うのだけれど、どこかに励ましを感じる。

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