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2014年5月11日 (日)

【Chor】 合唱

Chor(コーア)(男):合唱 …… 複数のパートからなる、人間の声による音楽の表現形態のひとつ。複数の人が同じパートを歌う。これに対し複数の人がひとつのパートを歌うことは斉唱であり、一人がひとつのパートを歌うのは独唱である。複数のパートからなるが、ひとつのパートをひとりが歌う場合は重唱という。合唱をすると幸せになる。手のひらのしわとしわを合わせて幸せ、あ、これは合掌。南~~無~~。

 

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わたしは合唱が好きである。歌うのも聴くのも大好きだ。

中学生の頃に某大学のグリークラブ歌声を聞いて、突然目覚めて、たまたまではあるがその大学に進んでそのグリークラブに入り、
4年間どっぷり浸かって過ごした。それから社会人になり、歌う機会は激減したが休眠したり復帰したりを繰り返し、日本の合唱団はもちろんのこと、ドイツの合唱団でも歌った。男声合唱団でも歌い、混声合唱団でも歌った。まだ女声合唱団で歌ったことがないので、「何でもやった」とは言えないのが悔しい。「歌えるわけないやろ!」と突っ込んでくれたあなたに言っておくが、これは希ではあるが可能なのだ。カウンターテナーという手がある(米良美一さんのような発声をするということ)。ただし、演奏会では楽屋が与えられない可能性がある。所属する団のユニフォームも多分似合わないだろう。団内でいじめられる可能性すらある。

大学生の頃は、世の中には音楽大学というものがあり、そこにはとてつもなく歌の上手い人が大勢いるらしいことも聞いていた。しかし、「合唱を歌わせたらぼくらも負けてへん」と本気で思っていた。確かにアマチュアが時々奇跡のような演奏をすることはあるので、あながち嘘でもないのではあるが、やはり鍛え方が違う。ただ、プロの声楽家、あるいはそのために学んでいる人が皆合唱が上手いというわけでもない。別な言い方をすれば、プロを集めてきたらそれだけで良い合唱になると言うわけではない。合唱には合唱なりの勘所があり、十分な発声の訓練を積んだ人でも、この辺を意識しないと合唱としてはつまらないものになることがある。しかし、しっかり訓練を積んだ人が真剣に合唱と取り組んだらすごいことになる。

訓練を積んだ人は、声を聞けばもちろんだが、見ているだけでもぴんとくるものがある。立ち姿勢と口の開き方、そして表情あたりに訓練の成果が現れているようにわたしは思う。歌と真剣に取り組んできた人が、真剣に歌う姿は美しい。真剣に歌うというのは、決して眉間に皺寄せてカラダをかちかちにして歌うことではないのはもちろんだ。その歌を真剣に表現している姿と言う意味で言っている。合唱だから個人個人の声はあまり聞こえない(たまに聞こえる
^m^)が、姿から聞こえてくるものがある。付け焼き刃ではない基礎の確かさは、それだけでも、触れて心地の良いものだ。

わたし自身は、そのような姿を観、音を聴き、愛でるだけのオッさんであるのが、ちょっと悔しい。来世があれば、
Musikanteになりたい。

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