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2015年6月14日 (日)

【Flickwerk】 パッチワーク

Flickwerk(フリックヴェァク)(中):パッチワーク …… flickenという動詞は「継ぎを当てる」という行為を意味する。クラフトとしてのパッチワークとは少々違うか。同じ修繕作業でも「かけはぎ」とはかなりレベルが違う。翻訳業界でパッチワークと言ったら、マニュアルなどの文献で、変更箇所だけを翻訳するような作業のことを言う。


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 先日、とある有名な翻訳者の方のブログで、パッチワーク翻訳について書かれていたのを拝読した。論点は支払いに関係するものだった。例えば、2万ワードの文書の5000ワードだけ翻訳対象だという場合、しかし、この5000ワード以外にもコンテキストを読み込んで理解しないと翻訳できないことがほとんどであるので、実際の作業量は5000ワード分以上だ。だから、100%マッチするセグメントでも、報酬ゼロはやめた方が良いと言う内容だ。わたしもそこで書かれていた内容に同意するものである。
 しかし実を言うと、わたしが翻訳専業で食べて行けるようになった契機は、このパッチワーク翻訳だった。21世紀になって間もなくという時期であり、翻訳支援ツールというものはまだそれほど普及していなかった。そのジョブは、自動車の修理マニュアルを主としたプロジェクトで、「続きもの」だった。だから、専業に移行できたのだった。最初は翻訳支援ツールを使わないで、Excelで翻訳用データが支給されていた。これはA列にドイツ語原文が記載され、B列には100%マッチの既訳がある場合は日本語、100%マッチでない場合は、ドイツ語がそのまま書かれている。すなわち、B列は独日混淆となる。C列はB列と同じ内容であり、訳者はC列のドイツ語部分を日本語に翻訳して提出するというスタイルだった。エージェントはおそらくTrados6.5を使っていたはずだが、大きなプロジェクトで訳者全員に支援ツールの購入を要請するわけに行かなかったらしい。ソースクライアントも翻訳支援ツールについて不慣れだったのだろう。カウントは、100%マッチであるか否かだけが基準で、ファジーマッチは考慮されていなかった。
 この頃のジョブについてあれやこれやと書くつもりはない。要するにわたしが本格的に翻訳で稼ぎ出したのがこのパッチワーク翻訳だった。初めての翻訳ジョブはパッチワークではなかった。郵便で送られてきた紙媒体の原稿をWordにベタ打ちした。支払いは仕上がり「枚数」に対して行われ、100枚弱ほどだった。初仕事が100枚(おそらく12000ワードぐらいだったと思う)というのはえらいことではあったが、何とかやり遂げそれ以降も折に触れてリピートがあったので、まあ悪くはなかったのだろう。しかし、専業になるほど稼げてはいなかった。そこでパッチワークの大型プロジェクトに採用されて、専業に移行したのだ。そんな経緯もあり、わたしにはパッチワーク翻訳に対する「耐性」がいくらかある。
 しかしそれも状況次第だ。
 パッチワーク翻訳がつくづく嫌になるのは、支払い体系もさることながら、最も問題になるのは翻訳メモリが汚いということだ。つまり、誤訳でいっぱいと言うことだ。翻訳支援ツールは便利なものだが(訳者としては報酬が削られるのであまり嬉しくはない)、そこに保存されるペアが誤訳だったら大変なことになる。
 TMに誤訳が入るというのは、翻訳者とチェッカーの両者が揃って「やったらあかんヤツ」をやってまう必要がある。普通、滅多にない出来事の筈だが、これが結構あるのだ。まず、わたしが初めてパッチワーク翻訳をさせて貰ったエージェントだが、ここを仮に梅社とする。梅社は自動車大手のA社と商談が成って大規模なプロジェクトを開始することになり、独日翻訳者を大勢募集した。その際ドイツ語のできるスタッフも大勢募集し採用したと聞く。わたしがそのプロジェクトに加わった時は、もう1年ぐらいは経過していたようで、翻訳財産もいくらかたまっていた。ところがこの梅社に集まってきた訳者のレベルがかなり低かったようだ。Frontantrieb(フロントアントリープ)という術語がある。これは前輪駆動のことだが、これを「前方運転」などと訳していた訳者がおり、しかもそれがチェックの目をかいくぐって、当該のプロジェクトの翻訳財産となって保存されていた(=納品された)のだ。これは一例に過ぎない。こういうものが五万とあったのだ。「調べきらない」、「考え尽くさない」、「違和感のある箇所を放置する」、「自信のない箇所について連絡しない」等々、翻訳のプロとして「やったらあかんヤツ」をとことんやらないとこのような間違いは発生しないだろうというものが、探せばすぐに見つかった。プロジェクト自体は、現場からの怨嗟の声を受けつつも、廃止されることなく続いており、チェッカー諸氏は大量の仕事に忙殺されていて、結果としてプロとは言えないザルチェックをやらかしてしまっていた。わたしが集めた情報によればおよそそのような状況だったようだ。
 当時は翻訳支援ツールもまだ普及していなかったが、わたしが加わってしばらくしてから、TransitXVというツールを使用することになった。Excel時代から誤訳は目に付いていたが、Transit導入から誤訳が目に付く度合いが強くなった。これはまあ当然だろう。そして、「やったらあかんヤツ」をやりまくる訳者達は、ツールの使い方についても深く考えることをしなかった。何が起こったかというと、ファジーマッチが表示されたら(あ、これは既存訳があるんだ)と考えて誤差を修正せずにそのままメモリに取り込む馬鹿が何人か出てきたし、数値の違いを放置する者も結構な数がいたという。導入後程なく、訳者ほぼ全員がこのエージェントに集められ、ツール使用法の講習が行われたという。なぜ「ほぼ全員」なのかと言えば、わたしは呼ばれなかったからだ。自慢ではないが、わたしはツールの使用法についてはしっかり確認して納品していたし、ついでに言えば、一文にもならない誤訳の指摘も煙たがられながらも毎回可能な限り行っていた。このような不名誉な講習を受けさせられる筋合いはないし、そもそもその日そのエージェントから受注したジョブ(Trados7.0使用)で時間がなかったからでもある。講習会では、翻訳支援ツールに慣れていないが故の頓珍漢な質問が相次いだという。しかし、慣れていなくても、少し考えを尽くし心を尽くせば、支援ツールの取り扱いなどすぐにマスターできるはずだ。初学者並みの翻訳しかできない「かき集め」訳者の中に、翻訳の仕事の進め方についてももちろん暗く、ましてや支援ツールを使いこなすなどできない相談だというようなリソースが何名かいたというわけだ。
 このような迷惑な訳者が、今度はTradosを使うプロジェクトにも混ざり込んできた。これはTransitのプロジェクトとは別の大手自動車メーカーB社のものだ。このB社のプロジェクトは、立ち上がりの少人数(おそらく2名か3名)で回していた頃は良かったのだが、この烏合の訳者たちが入って来てからTMがおかしくなった。わたしの他数名の普通の訳者の悲鳴は届いたのか、届かなかったのか、無視されたのか知らないが、翻訳メモリはどんどん汚れていった。
 結果、梅社はB社のプロジェクトを失い、A社のプロジェクトも半分以下のボリュームになった。やがて梅社はグループ内企業の竹社と合併してその名称はなくなり、やがて翻訳部門だけが売却され、スタッフごと同業の松社に移っていった。わたしは梅社からの流れをくむ松社からも数件受注したが、リーマンショックを機に条件面での折り合いが付かなくなり、今はもう取引をしていない。
 パッチワーク翻訳の話だった。この梅社の場合、100%マッチに対しては支払われなかった。初めてのこと故、また、わたしも駆け出しだったので、そう言うものかと思っていたが、何かおかしいよな、とも思っていた。支払いゼロなのであるから、手を付ける気にもならないのだが、それでも目に余るものがあったので懲りもせずに口出しばかりしていた。まあ、そう言われてもエージェントだって対応しきれないだろうとは思う。しかしこのような「やっつけ仕事」をする連中のお陰で、安定供給されるはずの仕事が回ってこなくなるという憂き目を見たのだから、わたしはしばらく怒っていた。もし、100%マッチにも幾ばくかの料金が支払われ、納期もそれに見合ったものになっていれば、もう少しまともな成果物が納品できたはずだと思う。国際展開する企業を自認するなら、ソースクライアントはローカリゼーションにかかる手間と費用を惜しむべきではないと思う。100%マッチの分節にもきちんと応分の報酬を払い、それに必要な納期を設定するべきだ。
 梅社の仕事が傾いてから、程なくリーマンショックが起こり、世界中が大騒ぎになり、翻訳料金も値崩れした。ジョブの数も減り、この間に前述のような烏合の訳者の大部分は淘汰されたように見える。一時は、梅社の仕事で稼げたせいで(自分はプロでやっていける)と錯覚したヤツが何人かいたらしく、そこかしこで(またあいつらと違うか?)とつい思ってしまうような酷い翻訳を見かけることがあった。しかし最近そういうのを見かけることも減ったので、少なくとも何人かは業界から消えてくれたのだろうと思う。こちらはと言えば、専業フリーランス歴も10年を超え、次第にパッチワーク翻訳の比重が軽くなり、パッチワークの場合でも、現在契約している取引先は皆、100%マッチでも満額の20~30%を支払ってくれている。これらの多くは、プロジェクトの立ち上がりからわたしが担当しているソースクライアントのものなので、わたしがやるべきものであるし、パッチワーク翻訳と言っても間に挟まっているのも自分の翻訳だから、やりやすい。そして、たまに新規で引合があっても、100%マッチに支払いがないところはお断りできるようになった。

ざまあ見やがれ(笑)。

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2015年6月13日 (土)

【Termineinschätzung】 納期見積

Termineinschätzung(テァミンアインシェッツング)(女):納期見積 …… 通常は翻訳対象の原本を見て難易度とボリュームとを秤にかけて返事をするか、または客先から、分野、文書の種類、ボリューム等の情報を聞いておよその仕上がり見込みを伝える。金額の見積とともに納期の見積もまたしばしば相見積になることがある。駆けっこと違うっちゅうの。

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 先日とある取引先から請われて納期見積を提出した。付き合いはまだそう長くはないが、信頼関係のできている翻訳会社だ。クライアントはなかなかの大手だが、薄利多売ではなく高性能な大がかりな製品をひとつひとつ売って行くという業態の企業である。だからかどうかはわからないが、品質優先のため各種スケジュールがずれ込むことも多い。今回の納期見積も、当初は「4月半ばには」と言われていたのが、大型連休明けになってしまった。
 このクライアントは、翻訳の納期に対しても結構柔軟に対応してくれるのでこちらとしては都合が良い。しかし、今回は案件の数が多くボリュームも大きいということもあってか、納期見積を出してから1週間経っても受注が確定しない。納期相見積ではなく失注するとも思えないのだが、聞いてみたらまだ発注準備ができていないらしい。
 こちらはといえば、大口が控えているせいで、他の取引先からの引合に対する態度が定まらない。小さいものは請けたが、ここでまた受注すれば半月から3週間はかかるという別の大口の引合があって、きわめて悩ましい事態になった。
 こういうこともあるクライアントであることは知っていたと言える。先方は、こちらの出した納期見積を、どちらかというと「所要期間見積」と理解しているようなフシがある。しかし、いざスタートというところでこっちが詰まっていたらどうすんの?と言いたい。こちらはやはり、ほぼ受注の構えになれば不義理はできないので他の案件の受注は基本的に控えるのに、納期見積を出してから1週間待たされるというのは今までなかったことだった。
 ここは、納期見積を提出する際には、「この納期見積は何月何日まで有効です」という風に、こっちが先方の決定を待てるリミットを設定しておくべきだったと思う。所要期間見積なら、受注時に納品日付をあらためて決定するということを念押しするべきだ。この取引先とは、関係が良好であるので、このような行き違いがあってもお互い理解し合って上手く落としどころを見つけることができる。この案件にしても、微調整を繰り返しながら、最終的に1ヶ月以上かけることのできる余裕のあるプランで、かなりの出来高になる案件が成約に至った。このような円満な結果に至ったのは、お互い遅滞のないコレスポンデンスを維持することが出来たからだと思う。問合せ事項があればすぐに答えが返ってくる、あるいは返す。これは基本的なビジネスマナーである。これが損なわれれば一気に信用がなくなるが、これが良好に維持できると信頼関係が深まる。

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