音楽

2014年5月11日 (日)

【Chor】 合唱

Chor(コーア)(男):合唱 …… 複数のパートからなる、人間の声による音楽の表現形態のひとつ。複数の人が同じパートを歌う。これに対し複数の人がひとつのパートを歌うことは斉唱であり、一人がひとつのパートを歌うのは独唱である。複数のパートからなるが、ひとつのパートをひとりが歌う場合は重唱という。合唱をすると幸せになる。手のひらのしわとしわを合わせて幸せ、あ、これは合掌。南~~無~~。

 

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わたしは合唱が好きである。歌うのも聴くのも大好きだ。

中学生の頃に某大学のグリークラブ歌声を聞いて、突然目覚めて、たまたまではあるがその大学に進んでそのグリークラブに入り、
4年間どっぷり浸かって過ごした。それから社会人になり、歌う機会は激減したが休眠したり復帰したりを繰り返し、日本の合唱団はもちろんのこと、ドイツの合唱団でも歌った。男声合唱団でも歌い、混声合唱団でも歌った。まだ女声合唱団で歌ったことがないので、「何でもやった」とは言えないのが悔しい。「歌えるわけないやろ!」と突っ込んでくれたあなたに言っておくが、これは希ではあるが可能なのだ。カウンターテナーという手がある(米良美一さんのような発声をするということ)。ただし、演奏会では楽屋が与えられない可能性がある。所属する団のユニフォームも多分似合わないだろう。団内でいじめられる可能性すらある。

大学生の頃は、世の中には音楽大学というものがあり、そこにはとてつもなく歌の上手い人が大勢いるらしいことも聞いていた。しかし、「合唱を歌わせたらぼくらも負けてへん」と本気で思っていた。確かにアマチュアが時々奇跡のような演奏をすることはあるので、あながち嘘でもないのではあるが、やはり鍛え方が違う。ただ、プロの声楽家、あるいはそのために学んでいる人が皆合唱が上手いというわけでもない。別な言い方をすれば、プロを集めてきたらそれだけで良い合唱になると言うわけではない。合唱には合唱なりの勘所があり、十分な発声の訓練を積んだ人でも、この辺を意識しないと合唱としてはつまらないものになることがある。しかし、しっかり訓練を積んだ人が真剣に合唱と取り組んだらすごいことになる。

訓練を積んだ人は、声を聞けばもちろんだが、見ているだけでもぴんとくるものがある。立ち姿勢と口の開き方、そして表情あたりに訓練の成果が現れているようにわたしは思う。歌と真剣に取り組んできた人が、真剣に歌う姿は美しい。真剣に歌うというのは、決して眉間に皺寄せてカラダをかちかちにして歌うことではないのはもちろんだ。その歌を真剣に表現している姿と言う意味で言っている。合唱だから個人個人の声はあまり聞こえない(たまに聞こえる
^m^)が、姿から聞こえてくるものがある。付け焼き刃ではない基礎の確かさは、それだけでも、触れて心地の良いものだ。

わたし自身は、そのような姿を観、音を聴き、愛でるだけのオッさんであるのが、ちょっと悔しい。来世があれば、
Musikanteになりたい。

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2011年2月 4日 (金)

【Harre, meine Seele】 主に任せよ

Harre, meine Seele(ハレ・マイネ・ゼーレ):主に任せよ …… これは賛美歌291番、新聖歌298番に入っている美しい歌の題名である。

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 久しぶりにドイツの歌集を開いた。わたしの良い玩具である某作曲ソフトで好きな歌をアレンジして遊んでいたのだ。クリスチャンでもないわたしだが、今日は何故か知っている聖歌の旋律が心に浮かんできたので、それらにハーモニーを付けてみた。

「いつくしみ深き」、「調べも妙に」、そして「主に任せよ」。学生の頃、カトリック聖歌集のレコードを買って来て聴いていた。演奏していたのはS女子大学グリークラブ(女声のグリークラブだった)とJ大学の聖歌隊だった。Sの方は上手だったけれど、Jの方は男声で妙な声の人がいて聴くのが苦しかった(でも慣れた)。そもそものモチーフはRホテルのクリスマスキャロルのバイトで歌う曲探しだったのだが(笑)。

本日の表題の「主に任せよ」は良い曲だった。日本語の歌詞は、「主に任せよ汝が身を/主はよろこび助けまさん/しのびて春を待て/雪は溶けて花は咲かん/嵐にも闇にも/ただ任せよ汝が身を」と言うものだったと思う。記憶に残っている。何度も聞いた証拠だ。

 これはお葬式などで歌われる歌だそうだ。そう言えばそれに相応しい内容だ。これを教えてくれたのは確かドイツでよくつるんでいた唐変木だったが(笑)。どういう訳か、キリスト教関係の音楽は、葬式絡みのものが殊の外美しい。

 ドイツ語の歌詞を読んでみた。沁みた。最近いろいろあるからなぁ。

Harre, meine Seele, harre des Herrn, / alles Ihm befehle, hilft Er doch so gern. / Sei unverzagt, bald der Morgen tagt, / und ein neuer Frühling folgt dem Winter nach. / In allen Stürmen,in aller Not, / wird Er dich beschirmen, der treue Gott.

Harre, meine Seele, harre des Herrn, / alles Ihm befehle, hilft Er doch so gern. / Wenn alles bricht, Gott verläßt uns nicht, / größer als der Helfer, ist die Not ja nicht. / Ewige Treue, Retter in Not, / rett‘ auch unsre Seele, Du treuer Gott.

des Herrn はおそらく des Herrn Seele というところではないかと思う。

ちょっと訳してみた、もちろん意訳:

わが魂を主の御許に受け容れ給え。わが魂は主のものなれば。/ 主に身をゆだねるものすべてを、主はよろこび助け給う。/ 恐るるな、やがて夜は明ける。春が、冬に続いてきたる。/ 嵐の時も苦しみの時も、主は御身を護り給う。まことなる神。

わが魂を主の御許に受け容れ給え。わが魂は主のものなれば。/ 主に身をゆだねるものすべてを、主はよろこび助け給う。/ すべて破れても、主はわれらを見捨てず。苦しみが助けの主に勝ることなし。/ 永久にまことなる神、苦しみの時の救い。我らの魂も救い給え、まことなる神。

ネットで見つけた日本語歌詞:

主に任せよ、汝が身を/主は喜び助け在さん/忍びて春を待て/雪は融けて花は咲かん/嵐にも 闇にも/ただ任せよ汝が身を

主に任せよ、汝が身を/主は喜び助け在さん/悩みは強くとも/御恵みには勝つを得じ/真なる主の手に/ただ任せよ汝が身を

 クリスチャンですらないわたしの下手くそな文語の下手くそな訳詞よりも、ドイツ語の詩の方がよほど沁みる。ドイツ語の響きに癒しがある。本当は、身をゆだねただけで救われるはずもなく。やるべきことはすべてやって、万策尽きてからでないと、人も神様も助けてはくれまいと思うのだけれど、どこかに励ましを感じる。

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2009年6月 6日 (土)

【Nur wer die Sehnsucht kennt】 ただ憧れを知るもののみが

Nur wer die Sehnsucht kennt (ヌーァ ヴェァ ディー ゼーンズフト ケント)(文):ただ憧れを知るもののみが …… Goethe による有名な詩。西東詩集に収められており、チャイコフスキー、シューマン、シューベルトなど多くの作曲家がこの詩に作曲をしている。

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 大学生の頃、この曲をロシア語で歌ったことがある。もちろん男声合唱で、編曲者は知る人ぞ知る福永陽一郎氏であった。当時、ニコライ・ギャウロフが来日したことがあり、日本でもギャウロフの人気が高かったが、そのギャウロフのロシア歌曲集の「LPレコード(CDではない)」にこの曲が収録されている。ギャウロフももちろんロシア語で歌っている。 

 日本語では「ただ憧れを知るもののみが」という訳題で知られているこの詩は、ゲーテの手によるものであるので、原詩は当然ドイツ語で書かれた。しかし、チャイコフスキーはこの詩のロシア語の訳詩に付曲した。これは、第二連のSeh’ ich an’s Firmament, nach jener Seite; Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite. という一節が、旋律線と一致しないことからも明らかである。

 いくら、学生時代に歌ったからと言って、原詩がGoetheならドイツ語に付曲して欲しかったなあと思うのだが、きっとチャイコフスキーもその母国語を愛した人だったのだろう。母国語に訳されたGoetheの詩におそらく心を動かされて音楽を付けたのだろう。わたしは、ロシア語についてはさっぱりわからないので何ももっともらしいことは言えないのだが、きっと佳い訳詞だったのだと思う。

 そう言えば、父の蔵書の中にヴェルレエヌやランボオの詩集があったのだが、それは堀口大学による訳詞であった。わたしはフランス語の原詩など全く知らないのだが、堀口大学の訳詞がなかなか美しく思われて、一時期よく本棚からこの古い詩集を取り出して読んでいたことがある。

 今、おそらくこの題名(「Nur wer die Sehnsucht kennt」または「憧れを知るもののみが」)で動画検索してヒットするのは、大抵チャイコフスキーによるものだろうと思う。冒頭の短七度の跳躍は一度聴いたら忘れられないインパクトの強いものである。ロシア語のアルファベットは特殊だが、”Net, tol’ko tot kto znal”で検索すれば、この曲に関するロシア語のサイト、あるいはロシア語の原詩を扱ったサイトが見つかるはずである。

 それほどまでに有名なこのチャイコフスキーの「ただ憧れを知るもののみが」であるが、演奏されるのはドイツ語が多いらしい。つまりチャイコフスキーのメロディにドイツ語の詩を乗せて歌うのだが、これが上述の旋律線と歌詞との不一致のせいで、興醒めになるのだ。確かに、Goetheの原詩で歌いたいよ~と言う気持ちは痛いほどにわかるのだが、in der Weite ”in” にいちばん重いところが来るのはわたし個人的にNGである。これを平気で歌える歌手は、きっとドイツ語を知らない歌手だと思う。ドイツ語を知っていれば、この「妙な感じ」をどう感じるかと言ったら「妙に感じる」に決まっている。まさに、「ただドイツ語を知るもののみが」と言うことだ。

 こんなことを書くけれど、Goetheの原詩をとやかく言うつもりはない。「チャイコフスキーのメロディを歌うのなら、ロシア語だろう!」と言いたいのである。そもそも日本語の「憧れ」に対応するドイツ語はここでは「Sehnsucht」である。ゼーンズフト、 SehnSehnenすなわち「憧れる」、「切望する」。Suchtはここでは「強い求め」の意味である。このSehnsuchtという言葉をドイツ語で初めて口にしたとき、わたしは「なんと美しい言葉だろう」と思った。理由はない。ロシア語の何がSehnsuchtに対応するのかさえ、今ではわからないのが切ない。学生の頃は楽譜に対応する訳語(露日)を書いてあったのに……。歌うなら本当ならドイツ語で歌いたい。

 憧れとは希望であり、未来である。言葉は忘れても、その実質は忘れないでいたいものだと思う。

ロシア語の演奏

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2008年12月28日 (日)

【Schöpfung】 創造

Schöpfung(シェップフング)(女):創造 …… 何かを創ること。神の天地創造を表すのにもこの語が用いられる。ドイツの学校では宗教の時間で聖書に書かれている創世記なども教え、理科の授業では進化論を教えている。矛盾と言えば矛盾であるが、世の中には矛盾があり、人間は矛盾と向きあいながら生きるのだと言うことを教えるという点において、何の矛盾もない。

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聞くところによると、進化論も科学的に100%お墨付きを得ているわけではないと言う。何らかの生物が別の生物に進化したことを推論させ得る発見も、言わば状況証拠にとどまるそうである。メディアに登場する各種オピニオンにおいて、進化論を自明の常識のように書く論調がしばしば見られるが、学校できちんとものを教えていないと、真理と確定されていないものを真理と勘違いする人が増える。これは進化論だけの話ではない。学校の授業に宗教の時間を設けたり、相反する視点の「論」や「伝承」を生徒に教えるという芸当は、日本の教育シーンでは無理なのだろうか。何を自分の指針として生きるかは、本人に選択させれば良い。と言うか、本人に選択させなければならない。

さて、創世記によれば神は自分の似姿として人間を「創造」されたと書かれている。このことの真偽についてはさておくしかない。人間の科学では未だ検証することができなさそうだ。しかし、量子力学などの最先端に居る人たちは、俗に言う「非科学的なこと」が後々「科学的なこ」とになる可能性についても閉鎖的なスタンスではないと言うことをどこかで読んだ記憶がある。是とか非とか言うのではなく、このような「決めつけない態度」は何においても必要だと思う。

ところで、最近は人間も創造を始めている。神様の真似をしだしたと言えるか。

日本の誇る技術のひとつであるロボットなどは、最もわかりやすい「人の似姿」である。わたしが子供の頃から「オートメーション」という言葉がよく聞かれたが、あれも広義で言えばロボットのひとつであろうか。この他にも人工知能と呼べるものは数多い。このコンピュータにしても外見は人間とは似ていないが、してくれることは人間以上であったりする。「寂しい」とか「むかついた」とか「腹減った」とか文句を言うことがない分「ナイス」であるが、放置しておくと死ぬ。これも人間に良く似ている。

最近驚いたことがひとつある。それは「ヴォーカロイド(Vocaloid)」と言うものだ。名前なども付けられている。いちばん有名なのは「初音ミク」と言うらしい。簡単に言えば歌を歌ってくれるソフトだ。わたしは実物を持っているわけではないので、Vocaloidについての詳しいことや正確なこと、および信用できることや感動的なことをお伝えすることはできないが、要は作曲ソフトの拡張機能というところなのだろうと思っている。このVocaloidを使って作成したものを再生するときに、歌を歌う画像も作成でき、その画像すなわちキャラクターにそれぞれ名前が付けられている。そのひとつが前記「初音ミク」である。

このお姿がなんともアニメ大国ニッポンらしい。床まで届く緑色の髪のツインテールに、衣装はいろいろあるようだがひと言で言えば「ヲタク系」と言うべきか「アキバ系」と言えるのか、良くわからないのでひと言で言えない。表情が何種類か有り、また芸の細かいことに妥当な時間的間隔をおいてまばたきもする。そのうち、きっと動作を加えることができるようになるに違いない。YouTubeでもこのソフトで作った作品が実に沢山あるので驚いた。いろいろ見てみると、「どんだけぇ~」と言うようなものもあるが、結構聴かせるものがあるのでまたまた驚いた。

例えば、天空の城ラピュタの「君をのせて」

http://jp.youtube.com/watch?v=vUAV9lCZoaw

笑ってしまったのが、魔笛の「夜の女王のアリア」

http://jp.youtube.com/watch?v=51q6am2SPhE

おそらくアルファベットで歌詞をインプットするとそれを読み取って、一定の規則に従って再生してくれるのだろう。この「夜の女王のアリア」はドイツ語だが、可成り訛っている。しかし、High F まで出すことを求められるこのアリアは、この手の再生方法が妙にしっくり来る。内容と画像のミスマッチもわたしの笑いのツボに近い (^^;)

わたしはかつて、編曲をするのが好きで(できれば作曲だってしたいのだが、翻訳はできても小説は書けないのと良く似ている)、書いたものを演奏するにはアンサンブルの仲間を必要とした。手間がかかるのと機会が限定されるのがもどかしかったのを思い出す。もし当時Vocaloidと言うものがあったら、絶対にはまっていただろうと思う。聴くだけなら初音ミクなどより「名人」の演奏を聴く方が良いに決まっているが、自分で編んだ音を歌付きで手軽に再生できるという点で、一部マニア(ヲタクと言ってもよいが)にとっては、とても楽しい玩具だろう。しかし、これも人の繋がりを希薄にする危険を孕んでいる。音楽は生で聴くのが良いし、もっと良いのは自分で演奏することだが、この楽しみを知らずしてVocaloidだけにはまる人もいるのだろうと思うと、妙な気分ではある。

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2008年11月14日 (金)

【La Foule】 群衆

La Foule (ラ・フール)(仏):群衆 …… と訳されている。フランス語だから責任は持てない。しかし、独毒辞典になぜフランス語の見出しが出るのやら orz

 

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 YouTubeを最近よく使う。と言っても、動画を見ることが目的なのではなく、音楽を聴くのが目的である。以前は、「You will be my music」という曲1曲が聴きたいがために、フランク・シナトラのCD1枚購入したりしたものだが、今では少々有名な曲ならYouTubeに誰かがアップしてくれている。オンラインでデジタル購入もできる便利な世の中だが、それもなんだか悔しくて(なぜ?)、大抵はYouTubeで間に合わせている。最近の戦果は、寺尾聡「ルビーの指輪」、「Shadow City」、「出航(さすらい)」の他、メリー・ホプキン「Let My Name Be Sorrow」、シナトラの歌う「America the beautiful」、それにどこかの合唱団が歌う「Die Internationale」、などなどである。

 Die Internationaleに付いては、わたしはそのようなイデオロギー的バックグラウンドは 「 一 切 な い ! 」 のであるが、何故かこの旋律だけは好きで、右翼の皆さんに聞こえないことを祈りながら時々口ずさんだりする。どうやらわたしは、美しい音楽に対しては極めて寛容なのだと思う。しかし、最近の経済動向などを見ていると、本当に「Völker, hört die Signale auf zum letzten Gefecht!」などと叫びたくなってくる。

 アメリカもはっきり言って好きでないのだが、「America the beautiful」だけは好きである。ついでに言えば英国国歌「God save the Queen」も好きであるが、このような曲は当国の人が歌うのでなければ、たとえ一人で歌っても場違いな気がするのがなんだか悲しい。しかし、英国国歌の旋律はアルプスの真珠リヒテンシュタインの国歌にも使われているのだから、重要なのは歌詞であって旋律ではないのだろう、特に国歌などの場合。そう言えば、アメリカの国歌の旋律も、英国の流行歌「天国のアナクレオンへ」の旋律だったのだった。

 

 ところで、先に上げたYouTubeで見つけた音楽映像だが、古いものばかりである。若い頃に、何らかの理由があって記憶の深いところに入り込んだ音楽と再び出逢うのは嬉しいものだ。

 学生時代にふと心にとまった音楽に、岸洋子さんが歌って大ヒットした「希望」という歌がある。ヒットしたのはもっと昔だったが、学生時代に岸洋子さんが何かのテレビ番組で歌うのを聴いて、ふと思い立って男声のカルテットに編曲した。その編曲は、結局カルテットでは歌わなかったのだが、ダブルカセットとマイクロフォンを駆使して一人で四重唱をしたりして楽しんだ(合唱団ひとり)。

 YouTubeで岸洋子さんの歌う映像をいくつも続けて聴いていた(敢えて聴いていたと書く)。そこに、今回の表題の「La Foule」(群衆)というシャンソンがあったのだった。岸洋子さんはエディト・ピアフの歌を聴いてシャンソンを歌おうと思ったそうだが、YouTubeでもピアフの歌う群衆がある。そして、思いがけなく見つけたのが沢田研二さんの歌うものだった。こういう歌を歌っていたとは知らなかった。何年も歌手を続けて、何か昔のタイガース時代とはまったく違う印象を受ける。とは言え、思い起こせば、タイガース時代から鼻腔共鳴の効いた発声だった。おそらく天賦のポジションなのだろうと思う。

 この「群衆」というシャンソンは、祭りの渦の中で偶然に出逢った男女が瞬間的に恋に落ち、幸せを感じたと思ったら、群衆に引き裂かれて恋を失ったと言う内容の歌である。そのままの意味にとって聴いても良いし、祭りの人混みを「人生」に置き換えても含蓄の深い中身になるようだ。人生は祭りのようなものかも知れない。オクトーバーフェストのような人生が良いな、とか思ったりする。

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2008年8月 1日 (金)

【Moll】 短調

Moll(モル)(中):短調 …… 憂鬱、憂愁、等という意味でも使われる。長調は明るく、短調は暗い、と言うステレオタイプの理解がなされているがその通りである。わたしは、子供の頃から短調で書かれた音楽が好きであった。長じてグリークラブで歌を歌っていた頃、長調の曲を短調に転調して歌うことが流行ったことがあった。いまは懐かし「合ハイ」の罰ゲームでは、長調の曲を短調に転調して歌いながら腕立て伏せまたは腹筋をすると言うのが採用されることもあった。「咲いた(♭)~、咲いた(♭)~、チューリ(♭)ップのはな(♭)が~♪」などのように「演奏」する。短調でも、とりわけ悲しい曲調のものを「ど短調」と言う。

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 短調と言えばやはりロシア民謡であろうか。わたしは子供の頃からロシア民謡が好きだった。

 生まれて初めて聴いたロシア民謡は何だったのか、まったく覚えていないが、おそらく「ともしび」だったと思う。♪夜霧~の彼~方に~、別れ~を告げ~、雄々し~き益~荒男~、出でて~行~く~♪ と来れば誰でも知っているはず。多分NHKの「みんなのうた」で聴いたのだと思う。

 あの頃、「みんなのうた」では昔からの名曲が放送されることが多かった。歌っていたのは、例えば西六郷少年合唱団などで、名前を今でも覚えている。最近の「みんなのうた」は妙に媚びたようなポップなものが多いような気もするが実際はどうなのだろう。古き良きものに触れることは良いことである。

 「みんなのうた」でいちばん記憶に残っているのは「さあ太陽を呼んでこい」という歌で、これもたしかどこかの少年合唱団が歌っていた。♪夜明けだ夜~が明けて行く~、どこかで誰~か口笛を、気~持~ち良さそに吹いている、最後~の星~が流れてるusw ふと思い出して検索してみると、なんと石原慎太郎作詞、山本直純作曲であった。へえ~。そして、この曲も短調だ。

 どこかで誰かが言っていたことだが、「短調の曲を歌わせるのは、子供らしさを失わさせる」とか、そのような主旨の発言を聞いたことがある。アホか。短調のもの悲しい曲を聴いて、子供なりに「哀切」を感じることも良い体験だとわたしは思う。

 わたしの好きな作家のひとりに朱川湊人(しゅかわみなと)さんと言う方がいる。「不思議系」のお話しを書く人で、中にはキモいおはなしもあるが、基本的にほのぼのとした暖かい読後感を与える作品を書く人である。オール讀物で新人賞を受賞してデビューしたら、数年で「花まんま」という短編集で見事直木賞も貰っちゃった人である。

 その直木賞受賞作である「花まんま」という短編集の最初の短編「トカビの夜」で、主人公とその友達の会話の中に「パルナスのCMソング」が登場する。主人公の友人チェンホが胸をさすりながら「何かその歌、寂しい感じがするやろ。聞いとったら、このへんがシクシクするような気がするんや」と言うシーンがある。

 この短調のCMソングは、わたしぐらいの年代の人にはとても懐かしいものである。ただし関西周辺でしか聞かれなかったようで、モスクワの味とか銘打っている割には、日本でいちばんロシアに近い稚内生まれのわが妻は「知らん」と言った。これは、中村メイ子さんとボニージャックスが歌っていた。心に残るCMソングとしてCDにも収録されたと言うが、パルナスの会社自体は、過当競争の時代に入ってから「やりたいことはやり終えた」として無借金黒字経営のまま2000年に営業を停止し、2002年には精算も終了したと言うことだ。今でもあるかどうか知らないが、阪神尼崎駅にある喫茶店「モンパルナス」はパルナス出身の店主が、パルナスの製法を受け継いだピロシキなどを供する店であるという。詳細はウィキペディアで。

You-Tubeでもありますな。探偵ナイトスクープで取り上げられたらしい。この頃はまだ営業していて、豊中の本社まで押しかけている。社長はんのざっくばらんなところがおもろい。

え? なんと、わが後輩たちの歌うアカペラまで! (ToT)

嗚呼、ユニフォームもエンブレムも昔のままやんけ~ (ToT)

なんか、今回の記事の主旨、完璧に外れてる~。短調から始まって、気の向くままに書いてたら「みんなのうた」に行って、「哀切」とか言うてたら、パルナスに行き着いて、検索してたら後輩達の勇姿にたどり着いてしもた。懐かしい。今は団員数もずいぶん減って、消滅しそうやとか聞くけど、頑張ってくれ~!

あ、なんだかだと言いながらロシアに帰ってきた……

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2008年6月10日 (火)

【St. Etienne】 サン・エティエンヌ

St. Etienne (サン・エティエンヌ)(地名):サン・エティエンヌ …… フランスの地名。最近では、サン・エティエンヌと言えばサッカーの松井大輔くんを連想する人が多いようだが、わたしや、もう少し上の世代だと別のことを思い出す。これは、札幌という地名を聞いて、雪祭りやビールを思い出すのと、オリンピックを思い出すのとの違いとほぼ同じである。

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ドイツに住んでいた頃、1230日というとんでもない日から、友人と合計四人で南フランスに旅したことがあった。車で行った。わたしはフランス語と言ったらボンジュールとジュテームしか知らない(それだけ知っていたら向こうでは生きていけるぞと言われた)。そこで、わたしはバーゼルまでステアリング・ホイールというかハンドルを握り、以降はフランス語のできる友人にハンドルを譲った。彼は、ボンジュール、ジュテームの他にボンナペティトとかシルブプレとかコマンタレブとかも知っていたので、大船に乗った気持ちで、わたしは助手席に座っていた。

わたし達の旅は南フランスの小さな村に住んでいる共通の友人を訪れる旅だった。車はスイスからじきにフランス国内に入り、グルノーブルとリヨンの間あたりをぶっ飛ばしていた。

「サン・エティエンヌってこの辺だったっけ?」

旅の道連れのひとりの声がリヤシートから聞こえてきた。

「リヨンのもそっと向こう」

と、フランス語に堪能な運転手が、サン・エティエンヌの方角(多分)を指さしてドイツ語で言った。

「サン・エティエンヌに何か?」

もうひとりの道連れが言った。

「行ったことがあるから」

と、もっともな答えが聞こえてきた。


わたしは古い歌を思い出していた。メリー・ホプキンの歌っていた歌だ。サン・エティエンヌの草原という邦題で、たしか日本語の歌詞のものもあったはずだと思う…… 子供の頃、どこかでレコードがかかっているのを聞いて、良い歌だなあと思っていた。近くにいた大人に聞くと題名と歌手の名前を教えてくれたが、題名の方はじきに忘れてしまい、メリー・ホプキンという名前だけが記憶の隅っこに残っていた。

この歌を再び耳にしたのは、生まれてから四半世紀以上経ってからだった。知人のひとりに、わたしと同じく「トワ・エ・モワ」が好きだという女性がいて、彼女とカセットテープ(CDなどはなかった時代である)を貸し借りしたり、アンソロジーを編集したりしていたのを思い出す。そんな時に行き来していた曲の中に、デュオではなくソロになってからの白鳥英美子が歌っていた「Fields of St. Etienne」が入っていたのだった。永年会っていなかった人とばったり会ったような気がした。

これは子供の頃にいちど聴き惚れて、でも名前忘れたし、他の曲に浮気もしたので別れて何年にもなる、とか言うわたしのウンチクを彼女はげらげら笑いながら聞いてくれた。げらげら笑うような話ではないのだが、多分わたしがげらげら笑われるような話し方をしたのだろうと思う。悪いのはわたしだ。冗談ひとつ言えない堅物のわたしも、久しぶりの古い歌との邂逅にテンションが上がっていたらしかった。彼女に、げらげら笑って楽しかったらしいひとときの見返りに歌詞カードをコピーさせた。それで、これがどんな歌なのかも知った。


南フランスへ向かう車中で、この歌のことを久しぶりに思い出した。

「メリー・ポピンズの歌があったよねえ……」

わたしは、愁いを含んだ渋い低音のドイツ語で語った。

「メリー・ポピンズ?」

「……?」

「……?」

「それは、ホプキンの間違いでしょ! きゃーはっはっはっはあ!」

車内は愁いではなく笑いに満ちた。窓の左側には、白凱々のアルプスの美しい山並みが、冬の冴えた日差しを受けて、青空に映えながら笑っていた。「アホかお前~♪」


今日、YouTubeでメリーさんが歌うこの曲のビデオを1本だけ見つけた。

Fiels of St.Etienne

懐かしかった。歌詞を以下に示す。覚えていらっしゃる人も多いだろう。

そう言えば、別の知人がフランスの歌手フランソワーズ・アルディのファンで、わたしも彼の所蔵のレコードを聴かせてもらったことがある。その中にあった「Let my Name Be Sorrow(わたしを哀しみと呼んで)」というこれまた哀愁のある歌があったのだが、それもポピぴょんの歌だったと言うことも後になって知った。レコードのジャケットなどを見ると、時代を感じる。しかし、歌や詩の内容は現代にも十分響くものがある。大ヒットした悲しき天使は確か Those were the Days だったかな?

Fields of St. Etienne

Through the fields of St Etienne

Amidst the corn I wonder

In my hand an ear of corn

The morning dew has kissed

Here beneath the skies

I lay with my lover

While the summer winds gave it clouds of war

Au revoir my love

Though the reasons pass me

Why we can't remain in the fields of St. Etienne

Weaving proudly, singing loudly

Being young and foolish

He was going never knowing

He would not return

Singing songs of war

Filled with God and country

Marching down the road with the boys that day

Au revoir my love*

Though the reasons pass me

Why we can't remain in the fields of St. Etienne

(Repeat *)

La La La La ............

(Au revoir 「オ・ルボワ」 はドイツ語の Auf Wiedersehen 「さようなら、またね」 にあたる。「アデュー」でなくて「オ・ルボワ」なのがいい)

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2008年3月30日 (日)

【Männerchor】 男声合唱(団)

Männerchor (メンナーコーア) ():男声合唱(団) …… 男声合唱団なら「メンネルコール」と覚えている人も少なくないと思われるが、ドイツ語を母語とする人とコミュニケーションを取る場合、「メンネルコール」のルをきちんと巻き舌にして「メンネるコーる」としないと通じにくい。英語風の巻き舌ではなく、「とるるる」と言う巻き舌である。しかし、「メンナーコーア」と言うともっと通じる。段々英語風の淡泊な(?)発音に取って代わられている感じがして、あまり嬉しくはないが、通じるのだから仕方ないのである。しかし、メンナーコーアの「中身」の方は、いつの時代も濃い。

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 実は昨日、わたしは舞台に乗っていた。わたしにとっては、まあ地元と言えるつくばのノバホールというなかなかのホールで表題の通り男声合唱をやったのである。

 これは、つくばフォーラムというグループの主宰したチャリティコンサートだった。昨年6月にもご一緒させて頂いた田中宏子さん、中山ちあきさんに、藤原歌劇団の田代誠さんと言うゲストの他、オカリナ・ケーナ奏者の善休さん(ギター伴奏鈴木ばくさん)、マリンバ奏者の明瀬由武さん(伴奏、高瀬奈美さん)を迎えてのコンサートで、ま、ちょい役ではあったが、歌わせて頂いたのである。

 合唱だけの曲も3曲ほど歌わせて頂いた (この中の1曲「メリー・ウイドウから女・女・女の行進曲」は大変ウケた)。この合唱団は実はこのコンサートのために結成されたチームで、地元からのわりと似たような機会によく顔を合わせるメンバー6名の他に、東京からは専修大学グリークラブOB会から6名が遠路はるばる参加して下さった。合計12名の男声合唱団。江戸組の参加がなければ合唱の方は断念しなければならなかったかも知れない。ありがとうございました。m(_._)m

 終演後は、実はこっちの方がメイン・イベントだったかも知れないが、地元の居酒屋で18:30から24:00頃まで、楽しく過ごさせて頂いた。まだ、昨日の酒が少し残っている。身体が重い。仕事も残っている。気も重い。 あ、今気がついたが、身体が重いのは酒のせいではなく、昨日一日突っ立っていたからだった。日頃は、パソコンのディスプレイの前に座り詰めだからなぁ。まあ、翌日に来たのは良しとしよう。

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2007年10月 8日 (月)

【Ein Mann, der sich Kolumbus nannt】 コロンブスという男

Ein Mann, der sich Kolumbus nannt (アイン・マン・デァ・ズィッヒ・コルムブス・ナント)(歌):コロンブスという男 ・・・・・ ドイツで結構有名な歌の名前。18世紀頃から各地で歌われていた民間伝承のメロディ。

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そろそろこのブログを蘇らせなければならない。二ヶ月も穴を開けているではないか。

さて、ありちゅんさんのところで、ちょっくら懐かしいドイツの歌のことが出ていたので、わたしもお題を拝借しよう……

その歌の名は、「コロンブスという名の男」、おちゃらけソングである。このおちゃらけが、多分日本人にはうけないだろうと思われる。実際どうだかわからないが、この歌を「面白い」と感じることの出来る人は、ヨーロッパ的、または少なくともドイツ的な笑いのツボを持っている人だろうと思う。

この歌には「widewidewitt bumm bumm (ヴィデヴィデヴィト・ブンブン)」と言う合いの手と、「Gloria, Viktoria, widewidewitt juchheirassa (グローリア、ヴィクトーリア、ヴィデヴィデヴィト ユフハイラッサ)」と言う合いの手が入る。んなもん訳せない。「あらえっさっさー(前者)」、「栄光!勝利!あらえっさっさーのーさー(後者)」と言うことにしておく。

 

Ein Mann der sich Columbus nannt, widde widde witt bum burn / War in der Schiffahrt wohlbekannt, widde widde witt bum bum / Es drückten ihn die Sorgen schwer, er suchte neues Land im Meer / Glo-ri - a, Vic to ri - a widde wiide witt juchheirassa / Glo-ri - a, Vic to ri - a widde wiide witt bumm bumm

Als er den Morgenkaffe trank widde ...... / da rief er fröhlich: "Gott sei Dank!" widde ... / Denn schnell kam mit der ersten Tram / der span'sche König zu ihm an. / Gloria...

"Kolumbus ", sprach er, "lieber Mann" , widde... / "Du hast schon manche Tat getan", widde .... / "Eins fehlt noch unsrer Gloria, / entdecke mir Amerika!" / Gloria .....

Gesagt getan, ein Mann, ein Wort widde .... / Am selben Tag fuhr er noch fort, widde... / Und eines Morgens schrie er: "Land", / wie deucht mir alles so bekannt." / Gloria ...

Das Volk an Land stand stumm und zag, widde... / Da sagt Kolumbus: "Guten Tag!" widde.. / "Ist hier vielleicht Amerika?" / Da schrien alle Wilden "Ja!!" / Gloria ...

Die Wilden watren sehr erschreckt, widde..... / und schrien all: "Wir sind entdeckt!" / Der Häuptling rief ihm : "Lieber Mann, / alsdann bist Du Kolumbus dann!" / Gloria ....

コロンブスという男は / あらえっさっさー / とても有名な船乗りだった / あらえっさっさー / 彼は心配だった / 海の真ん中で陸地を探していたんだから / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー

彼が朝のコーヒーを飲んでいたら / あらえっさっさー / 彼は嬉しそうに叫んだ。「なんてことだ!」 / あらえっさっさー / 何故かというと、一番電車に乗って / スペインの王様が彼に会いにやって来たんだから / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー

王様は言った「親愛なるコロンブス君」 / あらえっさっさー / 「君はもう数多くのことを成し遂げたが」 / あらえっさっさー / 「スペインの栄光のためにもうひと仕事頼む /アメリカを発見してくれ!」 / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー

男がやると言ったらすぐにやるのだ / あらえっさっさー / その日のうちに彼は出航した / あらえっさっさー / ある朝彼は叫んだ:「陸地だ!」 / 何もかもわかっていたみたいな気がするなあ! / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー

原住民達は黙って訝しげに立っていた / あらえっさっさー / そこでコロンブスは言った「こんちは!」 / あらえっさっさー / ひょっとして、ここ、アメリカ? / 原住民達は答えた:「そうだぴょ~~ん!」 / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー

原住民達は皆驚いていた / あらえっさっさー / そして口々に言った:「俺たちゃ発見されたんだ!」 / あらえっさっさー / 酋長が言った:「旦那さん、/ てことは、ひょっとしてコロンブスさん?」 / 栄光勝利あらえっさっさーのーさー

コロンブスがアメリカを発見したのは、インドに行くつもりだったのがインドではなくアメリカにぶち当たってしまっただけで、だからアメリカの原住民をインディアンと呼んだのだとか言われている。結構トホホな話を、だからかどうか、妙なお話にこじつけてお笑いにしているのだ。これで笑えた人は、ドイツの酒場でお友達が出来るはずだ(オヤジのね)。

さて、これを日本語で上演できないかと、訳詞を考えてみたことがあった。ドイツ人の笑いのツボごと訳すのはほぼ不可能だが、順番など入れ替えたり、2コーラスを1コーラスにまとめたりしてみた。可成りの字余りだが、こんなのだったらどうだろうか?(合いの手は省略)

1. コロンブスという男は / とても有名な船乗り / ある朝王様が / 彼を訪ねてきた

2. コロンブス、久しぶりだね / 君に頼みがある / スペインの栄光のため / 見つけてよ、アメルィカ~

3. 王様承知しました / そしてすぐ出発 / ある朝見張りが / 「陸地だ!」と叫んだ

4. 原住民が並んでる / コロンブスが「こんにちわ!」 / 「ひょっとして、アメリカ~?」 / 「そうだよ!アメリカ~!」

5. みんな驚いた / 「俺たちは発見された!」 / 「てことは、旦那さん!」 / 「ひょっとして、コロンブスさん?」

栄光!勝利!あらえっさっさーのーさー

ちなみにこの歌は、「Ich bin der Doktor Eisenbart (わたしゃドクトル鉄髭先生だ)」と言う歌詞をつけても歌われている。こっちもおちゃらけソングだ。不眠症の患者に阿片を10ポンドほど処方したらよく眠れるようになった。あれからもう何年も経ったがまだ起きてこない、とか言う感じの歌である。

まあ、どんなおちゃらけソングも、わたしの歌った「レーゲンスブルク……」には負けるが。

Kolumbus_noten_3 

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2007年6月 4日 (月)

【Fiore】

Fiore (フィオーレ) (男:イタリア語):花、華 ・・・・・ イタリア語の見出しとはわれながら驚き。花ではあるが、なぜか男性名詞。昨日オンステさせて頂いたコンサート、およびその後援団体の名前に使われている言葉。

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つくばオペラフィオーレという組織があります ( http://www.tsukubaoperafiore.com/ )。これは茨城県のつくばに本拠を置く組織で、茨城県南声楽家集団というサブタイトルも付いています。昨日オンステさせて頂いたコンサートは、このオペラフィオーレが主催したコンサートで、出演されたのはその中心的なソプラノの田中宏子さんです。ピアノはわたしの所属する合唱団でもお世話になっている中山ちあきさん。そこに藤原歌劇団のテノール田代誠さんをゲストに迎えて行われたコンサートでした( http://www.tsukubaoperafiore.com/2007/Ichirin.html )。ソロだけでなく、合唱も付けて華やかにと言うことで、「コーロ・フィオーレ」と銘打って合唱団が組織され、ピアノの中山ちあきさんからお声がかかり、わたしもそこにお呼び頂いたという次第です。

これは、クラシックを気軽に楽しもうというコンセプトのコンサートで、「踊り明かそう」、「慕情」、「Be my love」、「武田の子守歌」などのようなポピュラーなものをならべた第1部と、オペレッタの名曲を並べた第2部で構成され、合唱は主に第2部で歌いました。オペレッタというのは、まことに楽しいもので、わたしは前から興味があったのですが、こうして生きているうちにそれを舞台で歌わせて頂く機会に恵まれるとは思ってもいませんでした。一介のアマチュアでしかないわたしですが、長生きしているとこういう機会にも恵まれるのですね。

クラシックの声楽のプロの演奏を生で聴くというのは良いものです。自分も同じように歌えそうな気になってしまうのですから。で、やってみると当然てんでダメだったりっしますがね。「自分でも出来そうな感じがしてしまう」というのは、取りも直さず自分がそれを聴いて「あのように歌えたらいいな♪」と感じるということではないかと思います。そこがプロなのでしょうね。田中宏子さんはソプラノですし、田代誠さんはテノールですし、そもそも今まで費やしてきた練習量とつぎ込んだお金が段違いだし、そこに天分というものも付け加わって来るのですから、アマチュアのオヤジバリトンのわたしがどう頑張っても同じように歌えるわけはないのですが、プロの歌というのはそれに引っ張られてついついいつもよりちょっとだけ上手く歌ってしまえるというものなのかも知れません。「歌いたい」と言う気持ちにさせられるとでも言いましょうか。

このコンサートの主役はもちろん田中宏子さんなのですが、合唱団に参加した男声8名は結構おいしいところを頂きました。ひとつは、先の日記にも書きましたが、ツィーラ―のオペレッタ「観光案内人」の『美しき懐かしきドナウの街』というアリアで、これにはソプラノのソロに男声合唱が絡むのです。本番前はかなり心配されたこの曲の合唱パートも、本番ではなんとかなったようでやれやれでした。

そして、もっと美味しかったのがその後で歌った、レハールの名作「メリー・ウイドウ」の「七重唱行進曲」=「女・女・女のマーチ」です。これは7人の男が(まったく女というのは素敵で扱い辛い・・・!)と歌うとてもとても有名な曲です。わたしはこれを本場で聴いた経験がないのですが(と言うより、録音でも全曲は聴いたことがなかった・・・・^^;)、終演後のカーテンコールでは、オーケストラがこの曲を演奏し、出演者がラインダンスなどを踊っているとか。これを無理矢理日本の文化に置き換えるなら、あの勧進帳の名場面のようなものなのでしょうか???つまり、誰もが知っていて、何が起こるのか分かり切っているのにみんなそれを楽しみにしているという、お約束の名場面・・・・・

この有名な曲を、当日合唱で参加した男声8名で歌わせて頂きました。で、曲中、歌いながらちょいと踊ったりもしたわけです。練習はあんまりしませんでした。どうせぴたっと揃うわけでもないし、ぴたっと揃う必要のある場面でもないし、振りを覚えるところまで・・・・・でしたね。お客さんもまさか、脇役がこう言うことをするとは思っていなかったのでしょう。うけました(o^-‘)b

美味しいところをいっぱい頂きましたが、歌っていていちばん気分良かったのは「メリー・ウイドウのワルツ」でした。あの名旋律。レーソラーシレーソラーシドーーシーーラーーーーー(全角1個=4分音符)。これが最後ということもあって、思う存分声を出させていただきました。

さて、わたしは通常はつくばにあるクラシックの宗教曲をもっぱらに演奏する合唱団で歌っています。そこでは、なにしろ「合唱」ですからひとりの声ががんがん主張してはいけないので、パートの声がひとつの音になることを目標にして歌っております。上手く行っているとは書いていませんからね、目標にしております。しかし、このオペレッタの抜粋を歌うというシテュエーションでは、そう言う歌い方だと「つまらない」と言われました。そりゃそうでして、オペレッタなどで舞台にいる人はそれぞれが何らかの役を持っているわけですから、合唱のパートを歌うという感覚ではなく、(たとえ端役の端役でも)その役を歌い上げると言う感覚で臨むべしと言うことでした。

この感覚に入るスイッチを見つけるのに、わたしの場合練習数回を要したと思います。すべて終わった今では、「合唱団ではずいぶんセーブして歌っているのだなあ・・・」と思います。これは善し悪しではなく、そう言うものなのですがね。やはり、歌は思う存分声を出し切って歌うのが気持ち良いと思います。合唱には合唱の楽しみ方楽しませ方がありますし、わたしはそれが好きなのですが、こういうコンセプトで歌うのも楽しいものだと感じました。

さて、コンサートもさることながら、終演後はもっと楽しいのが普通です。

17時過ぎに終演し、それから片づけなどをした後、ホールの楽屋で全員参加の打ち上げをして、それから近くのビストロで二次会、そして、そこからまた脚を伸ばして近くの居酒屋で三次会という流れになりました。三次会終了は25時ごろで、わたしの呼んだ代行タクシーが「P」に来てくれたのは26時頃、帰宅はその30分後ぐらいでした。当日の朝は9時集合でしたので、しっかり一日コンサート浸けでした。こういう日があっても良いですね。

さて、二次会、三次会と進むに連れて人が少なくなっていったのは、仕方ありませんが、プロの音楽家の方に同席して歓談できるというのは、アマチュアの好楽家にとってはこれまた美味しい(?)体験になるのです。これについては、べつの日記にして書くことにしましょう。

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