わらいばなし

2009年12月24日 (木)

【Hudelei】 やっつけ仕事

Hudelei(フーデライ)(女):やっつけ仕事 …… かの有名なBachのコーヒーカンタータにも“hunderttausend hudelei”と言うフレーズがある。わたしが初めてこの単語を耳にしたのが、他ならぬこのコーヒーカンタータだった。今回は趣向を変えて、ある小さな事実を大きく膨らませたショートショートをお届けする。

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やっつけ仕事

「ふざけんじゃねえよ!」

 富寺居明子はディスプレイに向かって毒づいた。富寺居の毒づいたディスプレイには外注翻訳者のひとりからの返信メールが表示されていた。

 クライアントから値段を叩かれて格安の料金になった案件の翻訳者がなかなか見つからないのだ。通常の値段の半値と言える値段での受注だった。英語以外の特殊言語なので値段も高いのだが、昨今の不景気でクライアントの方も厚顔無恥な要求を突きつけてくる。その最たるものが、希少言語も英語と同じ料金にしろと言うものだった。

 希少言語はジョブ自体が少ないので、安い値段で受注していては翻訳者も生活が成り立たない。生活が成り立たないのなら、誰もプロでやっていこうとは思わない。だから値段も高くなる。

 翻訳会社としても仕事を取らなければ金は一銭も入ってこないので、ぎりぎりの線で受注する。しかし、それに対応してくれる外注翻訳者が居ないのだ。英語なら社内の人間で何とか対応するが、希少言語にはなかなか社内の人材では対応できない。それに、社内の人材にもピンからキリまであって、コーディネーターやチェッカーなどの仕事を時給や出来高でしながら翻訳の勉強中という人間も居るので(これが結構多い)、そう言う人材には難易度の高い案件を任せるわけには行かない。希少言語ならなおさらである。

 すでに付き合いのある外注翻訳者には全員断られた。そこで、外部のデータベースなどを使って新しい翻訳者にコンタクトを取って交渉しているのだが、話はちっともまとまらない。照会のメールに最初から値段を書くと断りのメールばかり来るので、値段を書かずに「この納期、このボリュームで対応願えますか?」と書き送った。ボリュームはなかなか大きいので、これを見れば食いついてくる翻訳者も居るのではないかと考えたのだが、誰も食いついては来なかった。それどころか、翻訳依頼のメールに値段を書かないとは何事か、と説教を垂れてくるオッさん翻訳者も居たりする。今、富寺井が毒づいたメールがまさにそれだった。

「フデライサン、ナニヲオコッテルノ?」

 隣席のバーナードが声をかけてきた。日英翻訳を担当している英語ネイティブの社内翻訳者だ。富寺井は理由を説明した。バーナードもこの件の受注には少し関わってくれたので、話を聞いてすぐに「アア、アノコトネ」と合点が行ったようだった。つまり、クライアントは英国の会社でそこがドイツ語から日本語への翻訳物を必要としているのだった。クライアントとの交渉のメールの英語をバーナードにチェックしてもらったのだ。何でも、ドイツ語から英語に訳されたものはあるのだが、それをさらに日本語に孫訳すると原文ニュアンスとの齟齬が大きくなるので、原語から直接訳して欲しいというのだった。そしてすったもんだの挙げ句、今後のリピートもあるという餌に釣られて、格安の案件を受注してしまったのだった。

「ドイツ語は、あたしも教養課程でやったから少しはわかるけど、プロの仕事は出来ないしねえ」と、富寺井は頭を抱えていた。

 しばらくして、今度は富寺井の歓喜の声が響き渡った。「今回だけですよ」などと勿体をつけながらも何とか引き受けてくれる翻訳者が現れたのだった。

「やった、これで何とかなる。そうよそうよ、あんたらだって仕事がなけりゃ困るんだから、素直にうんと言えばいいのよっ!」 

 富寺井は欣喜雀躍して翻訳原文のファイルをその翻訳者に送った。

 ホッとして、クライアントに翻訳者も無事に選任できた旨をメールで書き送り、それからは穏やかに他の仕事を片付けることができた。そろそろ退社するかと言うところで、件の翻訳者からメールが届いた。何かの問い合わせだろうか。富寺井は早速そのメールを開いてみた。

 ――頂いたデータを早速開いて見ました。この原稿はドイツ語(Deutsch)ではなくオランダ語(Dutch)です。単語の見た目が似ているのでどこかで誰かが勘違いされたのでしょう。わたしは英語とドイツ語しか対応できませんので、この案件はお受けできません――

 富寺井は慌ててクライアントからのメールをもう一度開いてみた。そこには確かにDutchと書いてあった。普通英語では「ドイツ語」はGermanyと書くだろうと、気付いた時はもう遅かった。

 

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2006年6月13日 (火)

【Benjamin】

Benjamin(ベンヤミン)(人名):ベンヤミン。英語読みだとベンジャミン。聖書にもベニヤミンなどという表記で登場する。ヤコブの末子であり、最年少者や末の息子を指してBenjaminと言うこともあるらしい。

わたしは、人の名前に結構興味があって、そのせいか昔から人の名前は覚えるのが早かった(と言われていた)。それはドイツに行っても同じで、人の名前は1回会えば覚えていたりしたので、その点で得したこともあったりする♪この表題のBenjaminというのは、わたしにとってはどこか耳触りの良い名前で、理屈でなく「好き」な名前のひとつだ。

さて、ドイツの知人の息子でBenjaminくんが居た。当時はまだ小さかった。3才か4才かぐらいだった。

ある時、そのBenjaminくんのお母さんを含めて数名で、別の知人宅を訪問していたときのこと。Benjaminくんがトイレに行くと言う。お母さんが一緒に行こうとしたら、彼は「Ich kann allein~!(ひとりで出来るぅ~!)」とお怒りのご様子。結局、お母さんがドアの外で待って、Benjaminくんはひとりでトイレに入っていった。

わたしが4才の頃の記憶では、「ひとりでトイレ」はOKだったような気がするのだが、他人の家でもあるし、もっと別な理由があったのかも知れない。(まあ、わたしがご幼少の頃は、いわゆる「ぽっ○ん」だったから、簡単だったのだが・・・)

しばらくすると、お母さんがしきりに息子の名前を呼んでいる。

「ちょっと、いつまで入ってるの?もう済んだでしょ?出てらっしゃい!」

トイレからはなにやら聞き取りにくい返事が返ってくる。彼が出てくる気配はない。

「ちょっと、Benjamin!あなたIngeの家のトイレに住むつもり?出てらっしゃい!!」

Benjaminの返事は一向に何が言いたいのかわからない。泣いているらしい。そして、やっと聞き取れた返事:

「Es geht njet!(ドアが開かないよ~!)」

大人の真似をして、トイレに入って鍵をかけてひとりで用を足して出てきたかったのだろうか。他人の家で、ちょっと格好つけたかったのかもしれない。しかし、自分でかけた鍵が開けられなくなったのだ。自分の家のトイレとは仕様が違うだろうしね・・・・・

そうなると、お母さんが慌て始めた。皆がわらわらとトイレ前に集合する。

「か、鍵が・・・・・」

母は狼狽える。そこでわたしが日本人の名誉のために、お助けさせて頂いた。

「お金が必用ですが」

「い、いくら?」

「1ペニヒありますか?」-----(1ペニヒは当時のドイツ通貨の最小単位)

「1ペニヒ?足りるの、それで?」

「多分ね・・・」

そしてわたしは、1ペニヒ硬貨を受け取ると、ドアのノブの下についているスロットに硬化を挿入してくるっと回すと、ドアは開いた。ま、つまり、最近のトイレのドアは、こうすると外からも開くようになっているものが多いのだが、当時は少なかったのか?それともそんなこと誰も考えなかったのか?とにもかくにもBenjaminは無事に救出された。1ペニヒは返却された。安い救出費用だった。

「Benjamin、だから言ったでしょ!」

と、お母さんは恥ずかしいやら、腹立たしいやらで、お小言モードにはいる。Benjaminも負けてはいない。

「始めからそうするつもりだったんだってば!」

「泣いてたくせに!だったらもっと入ってる?おトイレの住民にでもなれば?」

「Es genuegt・・・(もう気が済んだ・・・)」

そして、みんなで「ほほほ」と笑った。

Benjamin くんが、「便所民」になったと言うオハナシでした。

m(_ _)m

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